『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 8 訳文編之3 弘冶1年11月~永禄2年11月 p.289

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ト教徒でドン・アントニオと称し、三、四箇所の村と、平戸港の周辺から二、三レグアのとこ, 多の。)教会で亡くなりました。至聖なる聖体に与るにあたり、彼は弱っていて(○「弱って, ろにある小さな島々を所有しています。〔一五〕五八年にこの領主(○安経。)はパードレ(〇, とはできませんでしたが、彼が自身のうちに抱えていたものからにじみ出たことを十分に表わ, す、いくつかの言葉を述べました。これもまた、幸福な最期でした(〇エヴォラ版では、この, いて」、ローマ・イエズス会文書館所蔵古写本には「彼のやり方で」とある。)、もはや話す, ヴィレラ。)の勧めに従って、自領の小作人達、さらにはまだそうではなかった数人の召使い、, フランシスコ・ザビエル。)が当地にやって来た時キリスト教徒が誕生し、かくしてつねにそ, そこに一〇箇月おりました。土地の重立った者三人のうち、一人(○籠手田安経。)はキリス, の数は増大していきました。〔一五〕五七年、同地にパードレ・ガスパル・ヴィレラが滞在し、, ポルトガル人商人が来航し継続的に滞在する港である平戸については、あなた方に書き送る, イス日本史』第六巻、第一〇章参照。)の死について記しましたが、彼もまた、その(○博, べきことがたくさんあります。この市では、至福なるパードレ・メストレ・フランシスコ(○, 段落の内容はすべて省略。)(, 辺太郎左衛門。陶氏の家臣で、一五五四年にコスメ・デ・トルレスによって受洗した。『フロ, 領に於て改, 籠手田安経, 宗が進む, 平戸の情報, 二八九

頭注

  • 領に於て改
  • 籠手田安経
  • 宗が進む
  • 平戸の情報

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  • 二八九

注記 (20)

  • 453,453,40,1736ト教徒でドン・アントニオと称し、三、四箇所の村と、平戸港の周辺から二、三レグアのとこ
  • 1245,451,40,1735多の。)教会で亡くなりました。至聖なる聖体に与るにあたり、彼は弱っていて(○「弱って
  • 374,455,41,1736ろにある小さな島々を所有しています。〔一五〕五八年にこの領主(○安経。)はパードレ(〇
  • 1086,450,41,1739とはできませんでしたが、彼が自身のうちに抱えていたものからにじみ出たことを十分に表わ
  • 1007,451,41,1738す、いくつかの言葉を述べました。これもまた、幸福な最期でした(〇エヴォラ版では、この
  • 1166,458,40,1727いて」、ローマ・イエズス会文書館所蔵古写本には「彼のやり方で」とある。)、もはや話す
  • 296,455,40,1732ヴィレラ。)の勧めに従って、自領の小作人達、さらにはまだそうではなかった数人の召使い、
  • 692,458,39,1735フランシスコ・ザビエル。)が当地にやって来た時キリスト教徒が誕生し、かくしてつねにそ
  • 533,455,40,1733そこに一〇箇月おりました。土地の重立った者三人のうち、一人(○籠手田安経。)はキリス
  • 612,456,41,1731の数は増大していきました。〔一五〕五七年、同地にパードレ・ガスパル・ヴィレラが滞在し、
  • 850,491,39,1700ポルトガル人商人が来航し継続的に滞在する港である平戸については、あなた方に書き送る
  • 1324,452,40,1739イス日本史』第六巻、第一〇章参照。)の死について記しましたが、彼もまた、その(○博
  • 771,458,41,1734べきことがたくさんあります。この市では、至福なるパードレ・メストレ・フランシスコ(○
  • 928,450,40,506段落の内容はすべて省略。)(
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