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式法一卷あり、こは祖師製作録にありと云々, 忌正當の時、朝廷より理源大師と謚を賜ふ, は、大師の徳光ます〳〵いやちこにして、是を八百年の御忌に比すれは、錦, 於て、滅度の事をつけ、貞崇師よりは、鳥栖に於て遷化あるをつけ、かたみに, て鳥栖に墳墓を築き、今尚現在せり、觀賢師よりは、貞崇師の方へ、普明寺に, 山上御影堂に於て、勅會の大曼茶羅供あり、是當山に於て勅會の初例なれ, 訃音を聞て、その高徳をふかく讚嘆しぬ、權化の不可思議、こゝに於てしる, り、拜せすんはあるへからす、九百年の正當は今年文化戊辰なり、三月六日, へきなり、師の撰述、疏鈔一卷、持寶金剛次第二帖、胎藏次第一帖、五大虚空藏, には、師平日の如く講談をなし玉ふ、又鳳閣寺に於て、同日滅を示し玉ふ、よ, に入りぬ、はき玉ふ所の鳥一ツは深草安樂行院の西、僧房村に落, たゝ白〓資具のみ、訝り怪しむ所、師の影忽岩上にうつり、荏苒として雲中, 又鳳閣寺に尊師自刻の像あり、金峯山へ登り玉ふ時の像な, 一ツは醍醐山上五大堂の後に落ぬ、此日南都東南院, 寶永丁亥、八百年, の沓を普明寺の内に, 葬る、沓塚といふ是也、, 行實記に詳也、鳥栖の墳墓、臺石, 諸宗章疏録, 號にて、應安二, 正面南向に龜面一ツあり、西に, 今沓鼻と, 號すと、こ, 年の相當也, にもみゆ, 工薩摩權守行長、東方に、奉加、緇素一万八千廿三人とあり、正平ハ南朝の年, 鳳閣寺尊師御廟塔、正平廿四配年十月廿七日とあり、北方、勸進沙門弘源大, (にカ, 理源大師, 授ケラル, 自刻ノ像, 著書, ノ謚號ヲ, 山上御影, 堂, 延喜九年七月六日, 一六三
割注
- の沓を普明寺の内に
- 葬る、沓塚といふ是也、
- 行實記に詳也、鳥栖の墳墓、臺石
- 諸宗章疏録
- 號にて、應安二
- 正面南向に龜面一ツあり、西に
- 今沓鼻と
- 號すと、こ
- 年の相當也
- にもみゆ
- 工薩摩權守行長、東方に、奉加、緇素一万八千廿三人とあり、正平ハ南朝の年
- 鳳閣寺尊師御廟塔、正平廿四配年十月廿七日とあり、北方、勸進沙門弘源大
- (にカ
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- 理源大師
- 授ケラル
- 自刻ノ像
- 著書
- ノ謚號ヲ
- 山上御影
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柱
- 延喜九年七月六日
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- 一六三
注記 (37)
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