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無之哉之旨、御尋ニ御座候、, かりなる塚なり、塚の四周に幅五尺はかりなるから堀あり、, 陵上に樹木生茂れり、此邊の山いはゆる大内山, 多野とよふ谷の山岨の小徑の東傍にあり、南北六間はかり、東西四間は, 今案るに、此陵葛野郡仁和寺の北の山おく、字を丸山とよふ山の東麓、宇, 此儀、右者、宇多天皇茶毘所與申傳、相違無之、平日平人不爲立入候、尤御, 右御尋ニ付、御答申候、以上、, 遺骨者、孰江御所藏ニ相成候哉、於御室茂不相分、不被置山陵與之御遺, 〔歴代廟陵考補遺〕宇多天皇陵, 詔茂有之故之儀與相見江申候、, 渡邊主税, 寅三月十三日渡邊主税, 御室御所御内, 寅三月十三日, 詔, 仁和寺の寺, して、不造山陵と見えた, 説に、此河は, ○中, 御茶毘所の跡にて、御骨を藏め奉りたる河は、いつれとも知れすといへ, り、今考るに、依遺詔、不造山陵と見え、また古書ともに、御骨の沙汰を記さ, 〓れは、山陵は作らすして、火葬し奉りたる其まゝ、其河に埋みて、御骨を, る詔にもよく合へり、, 藏むる事は、爲給はさりしものなるへし、されは此御茶毘所即ち眞陵に, 略, 御茶毘所, 傳説, 仁和寺ノ, 即チ御陵, 御陵ノ形, 茶毘所ナ, 大内山ハ, ナリトノ, 状, 説, リ, 承平元年九月六日, 五六七
割注
- 仁和寺の寺
- して、不造山陵と見えた
- 説に、此河は
- ○中
- 御茶毘所の跡にて、御骨を藏め奉りたる河は、いつれとも知れすといへ
- り、今考るに、依遺詔、不造山陵と見え、また古書ともに、御骨の沙汰を記さ
- 〓れは、山陵は作らすして、火葬し奉りたる其まゝ、其河に埋みて、御骨を
- る詔にもよく合へり、
- 藏むる事は、爲給はさりしものなるへし、されは此御茶毘所即ち眞陵に
- 略
頭注
- 御茶毘所
- 傳説
- 仁和寺ノ
- 即チ御陵
- 御陵ノ形
- 茶毘所ナ
- 大内山ハ
- ナリトノ
- 状
- 説
- リ
柱
- 承平元年九月六日
ノンブル
- 五六七
注記 (38)
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