『大日本史料』 1編 7 承平 6年正月~天慶4年8月 p.545

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させる也、辛嶋と名づけしよしは、このくにのものともおもはれず、けしき, 師は、何くれのみやびに心よせふかくて、東都のきこえ人にも交を結ばれ, 道をがうしう海道とよべり、そも〳〵がうしうといふ名、何とも心得がた, こもり山の擁護山西林寺は、ふるくは茶畠山清淨光院といへりとぞ、, 和國の輕嶋とかよひてきこゆれば、それとおなじ心ならんもしりがたし、, 八幡廓より移しすゑまゐらせたる妙見八幡の宮あり、この寺あるじ鶴老, きを、よくおもへば、將門記、今昔物語などに辛嶋と見えしを、がうしうとは, 時は、えもいはぬけしきの島なりけんとぞ、おもひやらるゝ、今此野中を行, ほせし名のよしを考るに、所の體、淡海の中の一庭なれば、狹場といひけん, の離島にて、たてぬきに、上道一里あまりの廣野也、むかし淡海のめぐれる, を、音便にさうまとも、うつしいふなるべし、がうしうが原といへるは、田中, 古事談には、嶋廣山と見ゆ、これもひろき嶋山なれば、しかよぶべきこと也、, のいとおもしろくて、唐國の島ともいひつべきさまなればにや、または大, よこなまれるにて、辛嶋の廣江といへるも、此めぐりの田となれりし所を, ほ田の眞中に池のこりて、蓮などの生たるがおほかり、つら〳〵相馬とお, ○中, 略, 辛嶋の廣, 海道, が原, がうしう, 嶋廣山, がうしう, 林寺ニ移, ハ後ニ西, 妙見八幡, 相馬ノ名, 義, 江, 天慶二年十二月十五日, 五四五

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  • ○中

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  • 辛嶋の廣
  • 海道
  • が原
  • がうしう
  • 嶋廣山
  • 林寺ニ移
  • ハ後ニ西
  • 妙見八幡
  • 相馬ノ名

  • 天慶二年十二月十五日

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  • 五四五

注記 (31)

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