『大日本史料』 1編 22 寛和元年正月~3月 p.284

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

けれと、おとしもはてす、中にてはさみとゝめ給ひける、郡司類ひろきものなれは、, 人夫ををこして程なく戒壇をつきけるとそ、宇治拾遺物語・古事談にもみえたり、, 過しとてうたせ給へは、二度にたにも及て飛出るほのほ、螢よりけにちりみたれけれ, 四季に講演をこなはるれは、四季講堂ともいへり、中に彌勒をすへ奉り、當來三會の, つくらせ、よにある所の經書をこめ、あやにしきのふくろおほひまて、そのかさりい, 迄さかへ給ふて、今に至るまて攝關の職にすゝみ、大やけの助となり給ふ、法驗のれ, もちて誓て宣ふは、此三昧の力により、家門末の代まて榮えは、うつ所の火三たひを, 曉を契らせ給ふ、御堂のありさまいはんかたなくけさやかにて、ひんかしには經藏を, なしからさるこそいとたふとく侍れ、, は、いとうれしくおほされて、手つから長明燈を燈給ふ、此九條殿の御一そう末の世, 天慶九年の比ほひ、右大臣殿、楞嚴院に法花三昧堂つくらせ給ふて、衆をあつめ燧を, 三昧堂の北に當りて、定心といへる堂舍あり、師常にこの所にして行道誦經し給ふ、, 寛和元年正月三日, ○繪, 略ス、, 略ス、, 略ス、, ○繪, 略ス、, 師輔ノ歸依, 寛和元年正月三日, 二八四

割注

  • 略ス、
  • ○繪

頭注

  • 師輔ノ歸依

  • 寛和元年正月三日

ノンブル

  • 二八四

注記 (22)

  • 1814,667,76,2147けれと、おとしもはてす、中にてはさみとゝめ給ひける、郡司類ひろきものなれは、
  • 1692,674,76,2093人夫ををこして程なく戒壇をつきけるとそ、宇治拾遺物語・古事談にもみえたり、
  • 1183,679,77,2185過しとてうたせ給へは、二度にたにも及て飛出るほのほ、螢よりけにちりみたれけれ
  • 425,687,73,2182四季に講演をこなはるれは、四季講堂ともいへり、中に彌勒をすへ奉り、當來三會の
  • 169,701,71,2164つくらせ、よにある所の經書をこめ、あやにしきのふくろおほひまて、そのかさりい
  • 928,680,76,2184迄さかへ給ふて、今に至るまて攝關の職にすゝみ、大やけの助となり給ふ、法驗のれ
  • 1309,676,76,2183もちて誓て宣ふは、此三昧の力により、家門末の代まて榮えは、うつ所の火三たひを
  • 296,687,76,2190曉を契らせ給ふ、御堂のありさまいはんかたなくけさやかにて、ひんかしには經藏を
  • 805,686,64,929なしからさるこそいとたふとく侍れ、
  • 1059,684,76,2182は、いとうれしくおほされて、手つから長明燈を燈給ふ、此九條殿の御一そう末の世
  • 1438,678,76,2185天慶九年の比ほひ、右大臣殿、楞嚴院に法花三昧堂つくらせ給ふて、衆をあつめ燧を
  • 549,689,76,2151三昧堂の北に當りて、定心といへる堂舍あり、師常にこの所にして行道誦經し給ふ、
  • 1926,705,47,345寛和元年正月三日
  • 705,682,42,92○繪
  • 662,682,41,99略ス、
  • 1544,671,41,101略ス、
  • 661,682,42,99略ス、
  • 706,681,40,90○繪
  • 1543,671,42,100略ス、
  • 1446,326,44,211師輔ノ歸依
  • 1926,705,47,345寛和元年正月三日
  • 1948,2528,43,121二八四

類似アイテム