『大日本史料』 2編 21 万寿元年12月~2年7月 p.255

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可謂化身歟云々、, かほはかり見やられたり、, ちのほとさへおかしきに、あふさかのせきを見るにも、むかしこえしも冬そかしと思い, めなるきりかけといふ物したるかみより、丈六の佛のいまたあらつくりにおはするか、, 其後臥佛前、寺僧等念佛、又更起相扶廻一匝也、皈本所臥云々、不經幾程入滅云々、實, 太重、入滅之期可近歟、然間件牛出自牛屋、漸歩登御堂正面、廻御堂二匝、道俗涕泣、, 公卿士、下至于田夫野人、爲結縁如雲集會焉、, 事披露之間、貴賤上下、擧首參詣彼寺、禮拜此牛云々、而件牛兩三日有病氣、六月二日, くらくいきつくへくと、さるの時許にたちてゆけは、關ちかくなりて、山つらにかりそ, 〔更級日記〕, あはつにとゝまりて、しはすの二日京にいる、, }者奇之、關寺聖者云、夢是過去迦葉佛化身也者、因之上始於入道太相國・王, 其體雖微能牽虹梁、雖經累日, 〔皇代記〕, 〓も月の廿よ日いし山にまいる、ゆきうちふりつゝ、み, 〓上夏比或者披露云、近來關寺有牽其體雖微能牽虹梁、雖經累日, スルコトニカヽル、治安元年正月二十四日ノ條ニ收ム, ○上略、菅原孝標、ソノ女等ヲ伴ヒテ、上總ヨリ上洛, 物本, ○御, ○中, (寛徳二年), 略, 後一條, ○千鳥祐順氏所藏, 略, しも月の廿よ日いし山にまいる、ゆきうちふりつゝ、み, 六ノ佛像, 造營中ノ丈, 萬壽二年五月十六日, 二五五

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  • スルコトニカヽル、治安元年正月二十四日ノ條ニ收ム
  • ○上略、菅原孝標、ソノ女等ヲ伴ヒテ、上總ヨリ上洛
  • 物本
  • ○御
  • ○中
  • (寛徳二年)
  • 後一條
  • ○千鳥祐順氏所藏
  • しも月の廿よ日いし山にまいる、ゆきうちふりつゝ、み

頭注

  • 六ノ佛像
  • 造營中ノ丈

  • 萬壽二年五月十六日

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  • 二五五

注記 (31)

  • 1525,568,58,414可謂化身歟云々、
  • 386,588,58,638かほはかり見やられたり、
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