『大日本史料』 3編 1 応徳3年11月~寛治4年雑載 p.217

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しかは、兵衞尉を辭し申、まかりくたりてなんはへるといふ、義家是をきゝ, て、よろこひの〓をおさへていはく、今日の足下の來りたまへるは、故入道, の生かへりておはしたるとこそおほえ侍れ、君すてに副將軍となり給は, る、ときもとかあにゝて時忠といひしもつくりつたへ侍るなり、むらとい, 家衡以下凶賊了、公家又有叡感孝悌之志、虎賁之義云々、, 給ふて、まかりくたりて、死生を見候はんと申上るを、いとまたまはらさり, ゝ、武ひら、家ひらかくひをえん事たなこゝろにありといふ、, 戰、雖爲左兵衞尉當職、申請其暇、可下國之由、奏聞之處、無勅許、而依有合力, 懇切之志、懸弦袋於本陣逃下、到舍兄旅陣、義家朝臣感懇士涕泣、遂責武衡、, ましりまろといふさうのふえは、ふたつそ侍な, 舍兄義家朝臣、攻武衡、家衡金澤舘三个年、疲軍旅之由、依傳聞、爲見扶彼合, 〔今鏡〕, 〔尊卑分脈〕, 〔今鏡〕比ひ村仕の源氏, ○下略、十二月, 一十六日ノ條, 七村上の源氏, にひまくら, ○中, ヲ副將軍, 公家義光, ノ志ニ感, 義家義光, トナス, 名笛交丸, ノ由來, 寛治元年九月二十三日, 二一七

割注

  • ○下略、十二月
  • 一十六日ノ條
  • 七村上の源氏
  • にひまくら
  • ○中

頭注

  • ヲ副將軍
  • 公家義光
  • ノ志ニ感
  • 義家義光
  • トナス
  • 名笛交丸
  • ノ由來

図版

  • 寛治元年九月二十三日

  • 二一七

注記 (28)

  • 1637,742,53,1934しかは、兵衞尉を辭し申、まかりくたりてなんはへるといふ、義家是をきゝ
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