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辱をあたへんと支度したりけるが, 人の信を勸めんがために、建久二年の比、上人を請じたてまつり大佛殿の, いまだ半作なりける軒の下にて、入唐の時渡し奉れる觀經の曼陀羅、なら, 腹卷を著して、高座のきはになみ居て、自宗の義を問かけて、説謬あらば恥, をしらすして、勸めにかなふものすくなかりければ、俊乘房この事を歎て、, びに淨土五祖の影を供養し、又淨土の三部經を講せさせ奉りけるに、南都, 三論法相の碩學おほくあつまりける中に、大衆二百餘人をの〳〵はたに, 國、同渡五六人、爰彼國人十餘人來集、五躰投地、禮日本僧事數返、俊乘坊問其, 世のくるしみを救はむために、興福寺東大寺より始て、道俗貴賤をすゝめ, にうしなふもの其數をしらす、こゝに俊乘坊無縁の慈悲をたれて、かの後, て、七日の大念佛を修しけるに、その比まては、人いまた念佛のいみしき事, 故、落〓答云、生身如來在一國、定常參詣給覽、只偏如釋迦如來御在世中、天竺, 〔善光寺縁起〕四俊乘坊重源參詣之事、東大寺大佛上人俊乘坊渡香麗, しる, 営時二尊院の經藏に安置するは、かの重源將來の眞影なり、, 〔法然上人行状畫圖〕三十壽永元暦のころ、源平の亂によりて、命を都鄙, ○下略、源空法談, ノコトニ係ル、, ○中, 略、, 佛興隆, 日ノ大念, 淨土五祖, 大寺ニ七, 佛ヲ修ス, 重源ト念, ノ晝像ヲ, 供養ス, 興福寺東, 建永元年六月四日, 七一
割注
- ○下略、源空法談
- ノコトニ係ル、
- ○中
- 略、
頭注
- 佛興隆
- 日ノ大念
- 淨土五祖
- 大寺ニ七
- 佛ヲ修ス
- 重源ト念
- ノ晝像ヲ
- 供養ス
- 興福寺東
柱
- 建永元年六月四日
ノンブル
- 七一
注記 (31)
- 650,629,55,1054辱をあたへんと支度したりけるが
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