『大日本史料』 4編 16 承久3年5月~7月 p.101

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ニ退却ス、, 市脇等ノ官軍、風ヲ望ンデ皆潰ユ、山田重忠獨リ杭瀬川ニ留リテ戰ヒ、終, また川に待うけて、ふせぎ戰はんとす、こゝをもて、太田川、起川は軍用のか, ノ官軍、戰ハズシテ退ク、明日、東海道ノ東軍尾張川ヲ渉リテ追撃シ、洲俣、, 所へ軍兵をわかちては、人すくなになり、便利をうしなふ故、かならずすの, し、此川の合渡墨俣に會合して、軍するを要とす、上方勢もまた、起、太田の兩, 少勢にて一致せず、軍の自由を得ざれば、はやく起、太田の兩渡りをうちこ, は出軍の式も絶たりしを、承久の變に、後鳥羽上皇より十人の大將に錦御, ためになりがたく、只此川のみ、東西通路の要害とす, 軍に任せられしより、征伐軍旅の事は一向關東に委ね給ひけれは、朝廷に, 〔武家名目抄〕, 山道ノ東軍、進ンデ大井戸ヲ攻ム、守將大内惟信等敗走シ、鵜沼、摩免戸等, 旗を賜はりて、官軍の標とせられたり、これそ、いにしへの節刀にも准すへ, 五日, きにや, 〓東海道ノ東軍、尾張國一宮ニ次シ、官軍攻撃ノ部署ヲ定ム、是夕、東, 鎌倉右大將家を征夷將, 暇名部二上持節大將軍按、, 〔武家名目抄〕〓名部二上持節大將軍按、, 承久記の異, 本にみゆ, ○上, ○下, 略、, 略、, 戊, 午, 三, 〓名部二上持節大將軍按、, 大將ニ錦, ハ節刀ニ, 準ズベシ, 旗ヲ賜フ, 承久三年六月五日, 一〇一

割注

  • 承久記の異
  • 本にみゆ
  • ○上
  • ○下
  • 略、
  • 〓名部二上持節大將軍按、

頭注

  • 大將ニ錦
  • ハ節刀ニ
  • 準ズベシ
  • 旗ヲ賜フ

  • 承久三年六月五日

ノンブル

  • 一〇一

注記 (35)

  • 265,585,73,289ニ退却ス、
  • 376,561,79,2299市脇等ノ官軍、風ヲ望ンデ皆潰ユ、山田重忠獨リ杭瀬川ニ留リテ戰ヒ、終
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