『大日本史料』 5編 1 承久3年7月~貞応2年5月 p.40

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法皇を見進せはやと歎かせ給ふときこしめして、法皇、, るへき、唯是は生をかへたるかと思召すも忝し、, 家隆、便宜に付て、恐れ〳〵御歌の御返事を申されけり、, けれは、修明門院に御消息あり, 我こそは新島守よおきの海のあらき浪風心してふけ, ねさめしてきかぬを聞てかなしきはあら磯波の曉のこゑ, 都に定家、家隆、有家、雅經さしもの歌仙たち、此御歌の有樣を傳承て、唯もた, かくて日數重なれは、隱岐國へそつかせ給ふ、是なん御所とて入奉るを、御, 七條女院と申は、故高倉院の御后、一院の御母にてそまし〳くける、今一度, 覽すれは、あさましけなる筥ふきの薦の天井、竹の簀子也、をのつから障子, 出雲國大うらと云所につかせ給ふ、見尾崎と云所あり、それより都へ使有, たらちねのきえやらて待露の身を風よりさきにいかてをかまし, へこかれ泣悲しみ給へ共、罪に恐れて御返事をも申されす、され共正三位, しるらめやうき身を崎の濱千鳥鹽ひもあへぬ袖のけしきを, の繪なとに、かゝる住おかきたるを御覽せしより外は、いつか御目にも懸, ○中, 略, 著御, 二御消息, 修明門院, 隱岐ニ著, 家隆歌ヲ, 御歎, 奉ル, 行在ノ有, フ奉ラル, 七條院ノ, 大うらニ, 御, 樣, 承久三年七月十三日, 四〇

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  • ○中

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  • 著御
  • 二御消息
  • 修明門院
  • 隱岐ニ著
  • 家隆歌ヲ
  • 御歎
  • 奉ル
  • 行在ノ有
  • フ奉ラル
  • 七條院ノ
  • 大うらニ

  • 承久三年七月十三日

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  • 四〇

注記 (32)

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