『大日本史料』 5編 12 暦仁元年10月~仁治元年8月 p.325

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代之家業、今不恥時俗之嘲哢携之、, 客をこのみしかは、天下に疵をかふるもの多く、楚王細腰をこのみしかは、, とも、上のこのむに下のしたかふ故に、國のあやうからん事をかなしふ也, 宮中にうへてしぬる者おほかりき、その疵とうへとは、世のいとふ所なれ, 五位了、家綱預之、此鞠ハ去建永二年四月一日、於水無瀬殿一千上ル鞠也、, 明日香井家に蹴初しは參議雅經卿、難波家に揚初しは三品宗長卿也、當流, 能二をまなふなかに、文章に疎にして、弓馬に長し給へり、國の老父ひそか, に文を左にして武を右にするに、帝徳のかけたるを憂ふる事は、彼呉王劔, 也、安徳の後を, つけり、壽永二年八月廿日御年四歳にして位につき給へり、御宇十五年、藝, は、中院入道大納言爲家卿、從奉受後鳥羽上皇勅説、至愚身既五代、愁依爲累, 〔承久記〕上百王八十二代ノ御門ヲハ、後鳥羽院トソ申ケル、隱岐國ニテ, 兩度如此、無雙物也、靈物歟、五郎冠者之所括也、, 〔道家公鞠曰記〕一同三月二日、, 〔遊庭祕鈔〕根源事, 〔六代勝事記〕隱岐院天皇は、高倉三子、御母七條院, 丙下、去月廿三日二千上ル御鞠今夜被敍, 贈左府藤, 原信隆女, 未。, 癸, 鞠ヲ五位, 文章ニ疏, 馬ニ長ジ, ニ敍セラ, ニシテラ, 御傳統, 武藝, 給フ, 延應元年二月二十二日, 三二五

割注

  • 贈左府藤
  • 原信隆女
  • 未。

頭注

  • 鞠ヲ五位
  • 文章ニ疏
  • 馬ニ長ジ
  • ニ敍セラ
  • ニシテラ
  • 御傳統
  • 武藝
  • 給フ

  • 延應元年二月二十二日

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  • 三二五

注記 (31)

  • 1528,622,59,995代之家業、今不恥時俗之嘲哢携之、
  • 608,621,67,2194客をこのみしかは、天下に疵をかふるもの多く、楚王細腰をこのみしかは、
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