『大日本史料』 5編 26 宝治2年正月~同年9月 p.426

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〔淨土傳燈録〕, より、御參をそく侍り、いそき御參あるへしと、阿彌陀佛の御使なりと申させて、歡喜, のあまり、客殿へ請し入て、丁寧にもてなし、種々の引出物をそ給はせける、そのゝち, 不退乎、家頂受尊重、慚悔先非、十月十一日遂投上人、永抛腰劒、始著道衣、法名智明、, 之教門、且告之曰、罪惡凡夫乘阿彌陀佛本願力、定生極樂、何好人間之浮榮、輕淨土之, けるをあはれみなけきて、上田三町をつくりたてさせて、鹿田となつけて鹿のくひもの, 園田太郎成家、野上州人、將家秀郷九世之胤、次郎成基之子也、武力過人、尤善弓馬、, 常耽漁獵、正治二年秋入衞禁時圍、上人盛開化上都、家見上人諮出世道、上人爲説西方, れは、作毛をまたくせむために、かのところの人民等、田畠にかきをしまはしてふせき, はとしことの事にて、元日にはこのわさをなん結構しける、かの山里には鹿おほかりけ, 同法、明ト庵於州小倉、標心淨土繋念無退、時人崇之稱曰小倉上人、明當庵正西六十歩, 時年二十八、侍門下者凡六年、元久二年辭上人歸本國、勸家僮二十餘人同令削髮、以爲, 園田太郎成家傳, にあてけるにも、田歌といふ事には、念佛をなん唱させける、, 士庶列傳七上, 十一, ○下, 倉ニトス, 時人ヨリ小, 庵ヲ上野小, 倉上人ト稱, セラル, 寶治二年九月十六日, 四二六

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  • 士庶列傳七上
  • 十一
  • ○下

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  • 倉ニトス
  • 時人ヨリ小
  • 庵ヲ上野小
  • 倉上人ト稱
  • セラル

  • 寶治二年九月十六日

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  • 四二六

注記 (24)

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