『大日本史料』 6編 22 延文3年9月~延文5年正月 p.843

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失ふ、人皇百八代後陽成天皇天正年中、洛陽の近郷某氏の家の後に竹林あ, 四方俄に鳴動し、黒雲樓に覆て、鐘雲中に飛へきけしきなり、衆僧大に驚、丹, く、此鐘を取て兵器となし、陣中に具たり、兵亂治るに及て、棄て鐘の在處を, 聲終に失ぬ、故に一山相議し、冶工に屬て、此鐘を摧鑄あらためんとす、時に, て、日夜法筵の用となす所に、慶安年中に誤て破る、その環郤一尺餘にして, せしむ、恠て其あたりの土を穿に、終に此鐘の埋てありしを掘出す、村民集, り、時々鳴動す、その鳴動するに及て、其家に疾病或災學あり、又小兒を夜啼, 誠を抽て祈り、且鑄直ことをやむ、此時盆奇異の古鐘なることをしれり、然, 出、大寺を尋て、先妙滿寺に來、其趣を告、その頃此寺いまた鐘あらす、故に鐘, 後は寳藏に納置しに、其釁郤年月を經るにしたかひて漸々に翕ぬ、五六十, し、此家恠異あるならん、はやく洛陽の鐘なき寺に寄附せんと、いそき都に, 就してより、天正十六年まで二百三十年になる、それより此鐘を樓上に懸, 會して曰、これおそらくは、梵宮の古鐘、世俗の塵埃に埋れしゆへ、此鐘鳴動, 詳にみゆ、鐘の銘は別に板行あり、其頃南北混和せす、合戰いまた止ことな, を送來て寄附す、維時天正十六年戊子五月なり、正平十四年に、此鐘鑄直成, 聲ヲ失フ, 寄附ス, 〓ヲ生ジ, 妙滿寺ニ, 南朝正平十四年北朝延文四年雜載, 八四三

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  • 聲ヲ失フ
  • 寄附ス
  • 〓ヲ生ジ
  • 妙滿寺ニ

  • 南朝正平十四年北朝延文四年雜載

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  • 八四三

注記 (21)

  • 1659,638,78,2208失ふ、人皇百八代後陽成天皇天正年中、洛陽の近郷某氏の家の後に竹林あ
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