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下給ほと、關白以下の人々座の前に下てみなひさまつく、布留すきさせ給, 聲あり、神人數百人參て、先布留を出したてまつる、布留の神寶東のはしを, の公卿の座につく、やう〳〵事なりぬれは、關白殿座につかせ給、奈良の僧, 綱已下、座の前に下て其禮をいたず、これ時の長者の驗にや、大臣以下の座, は、只高麗の疊一帖也、執柄の御座は二疊重たり、これも長者のけちめにや, 沙汰ある事、いとありかたしとそ衣かつき申侍し、其後大乘院の僧都參せ, とそ見え侍し、此殿は、暦應にも内大臣にて供養せらる、又今度當職にて申, 給、上童なときら〳〵しくみゆ、出御の期に臨て、衆徒僉議の事あり、神訴悉, 大臣殿、九條大納言殿、一條大納言殿、別當なと次第に參て、東の庭の南の方, 家も武運も長久なるへき趣也、みな一同す、其後樂人北の方より進みて亂, いまた事具せすして、先堂上へのほらせ給、嗣房召て、條々御下知の事あり、, く眉を開く上、關白以下氏の人々神行にしたかふ、吾神の威よに〓なり、朝, て後、本社の御榊、五所の御正躰出させ給、神官とも覆面して持奉る、此時樂, の方に立滿たり、巳の時はかりに、關白殿參給、神司の輩なと、皆門前へ參合, 大乘院僧都御房をそしとして、たひ〳〵人をつかはさる、午時はかりに、左, 南朝正平二十一年北朝貞治五年八月十二日, 神寶ヲ出, 關白以下, 神行ニ從, 布留社ノ, 五所ノ御, 本社ノ榊, 正體ヲ出, 公卿參集, フ, ス, 三八〇
頭注
- 神寶ヲ出
- 關白以下
- 神行ニ從
- 布留社ノ
- 五所ノ御
- 本社ノ榊
- 正體ヲ出
- 公卿參集
- フ
- ス
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- 三八〇
注記 (27)
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