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石と稱す、蓋圓鑑禪師をもて開山祖とせし故に、祖堂の前に標示せしなるへし、大道, 和尚、初光明院の藏山順空和尚を師とする故に、自ら謙讓して藏山を以て開山祖とす, 龍鼻岩、按るに、大道禪師傳、扶桑禪林僧寶傳にも載たれとも、右高僧傳及行略の詳な, 三世者南禪開山大明國師也云々、又大道和尚上京路次、淡之鹽田里人、夢富士山、上, 跡也、その左に祖堂の址ありて、立石の正中を圓鑑の形に彫たるあり、俗にこれを鏡, 淡州有律院、長老一夕夢有人云、大道即東福第三代長老也、覺而語旁人云々、東福第, 鵠なるへし、其餘異石多し、金剛座・明鹿・龍鼻岩等、その形容をもて辨すへきにや、, 空、號藏山、正安二年主東福大道場、謚圓鑑禪師とあり、其傍に白理の奇石あり、明, 寺在淡州曰安國、山號栖賢、又名小廬山、主山之内、有金剛座、明鹿・明鵠侍左右、有, 經一卷云々、又先是頂相自贊曰、欲見老僧頂、須望富士峯云々、件々符合、, る事は、師を重んするを以て也、世に勸請開山という是也、元亨釋書曰、東福寺順, 京今夜宿此云々、又京城有人、夢大道和尚手撃富士山而立、山有戸〓者、開之有金剛, るにしかさるなり、これを略す、今寺山の廢址を見るに、上にあるは所謂大雄佛殿の, 大道和尚、菴曰智覺、塔曰重光、軒曰宗鏡、常掛放下著牌、録名赤肉團、有荷葉軸、, 稀當戸半輪月、彷彿推篷一朶梅、永相乙卯九月下澣、東福住持靈見九拜, 徒弟一雅藏主、繪其頂相請贊、贊曰、師之頂兮、不可描貌、師之行兮、不可追陪、依, 南朝建徳元年北朝應安三年二月二十六日, 南朝建徳元年北朝應安三年二月二十六日, 五〇六
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- 南朝建徳元年北朝應安三年二月二十六日
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- 五〇六
注記 (19)
- 658,701,69,2164石と稱す、蓋圓鑑禪師をもて開山祖とせし故に、祖堂の前に標示せしなるへし、大道
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- 1978,766,47,818南朝建徳元年北朝應安三年二月二十六日
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- 1971,2409,43,123五〇六







