『大日本史料』 7編 23 応永22年9月~同年雑載 p.120

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外の深泥にて、行列もとゝのほらす、此行幸供奉の人みなあさくつにてあれとも、ある, 前に至りて又北へ、昭訓門代に入御、その行列、まつ左衞門、次左兵衞, いはふかくつ・草鞋なと、人々の所爲まち〳〵也、さて大極殿のあと龍尾道の壇上にて、, 鳳〓をかきすへて、腰輿にめしうつる、此あいた、内大臣殿ふちし申さる、公頼朝臣、, に供奉し給ふ、御裾をかけらる、前駈隨身松明を取て前行、道の程御さきをおふ、昭訓, 門代を入てのち、御さきをとゝむ、これ又前例也、ゆふかたより雨はやみたれとも、以, するに、かれこれたゝ二人はかりなりしこそふしんにおほえ侍れ、治暦には、雨により, す、内大臣殿御裾に候し給ふ、次に東門を出御、壬生を北へ、かすかを南へ、通陽門の, 劍璽を取て、腰輿にわたしおく、先例は、左右次將あまたまいりて御輿をはさみて供奉, 次に右兵衞督永藤朝臣、次に右衞門權佐經興、關白・内大臣殿おなしく御輿の後の左右, 朝臣、右公保朝臣、次に執柄、内大臣殿、次に殿上侍臣、次に御藥陪從、次に御厨子所、, 忌上官少納言頼季眞人、辨藤光・行光、つきに前内大臣左大臣、次に小忌公卿, 山院大納言・洞院中納言・吉田宰相、次に大忌公卿三條中納言、次に御輿、次將左公頼, 此行事の例也、所司莚道をしく、つねのことし、次に乘御、中院公頼朝臣劍璽をやく, 次ニ小, 花, 應永二十二年十一月二十一日, きとす、, 下臈をさ, たゝしま, いらす、, 治暦ノ雨儀, ノ例, 御行列, 一二〇

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  • きとす、
  • 下臈をさ
  • たゝしま
  • いらす、

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  • 治暦ノ雨儀
  • ノ例
  • 御行列

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  • 一二〇

注記 (25)

  • 703,657,63,2234外の深泥にて、行列もとゝのほらす、此行幸供奉の人みなあさくつにてあれとも、ある
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