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り、色々の御物語共申、夜ふけて後、御近所へより申けるは、抑關東の體如何御覽し, 介憲定か申けるにより、已に御切腹有へきに相きはまり給ふ事有り、さる御恨に事よ, 頓て鎌倉をは攻落可申候ものをと、手にとるやうに申けれは、滿隆被仰けるは、全く, 御政道ならは定て頓て謀叛のもの有りて、御當家めつ亡うたかひなし、然は此一跡永, 已に虎口の難に沈みしを、本より誤なかりしかは、身命を全いたし候、か樣に逆なる, け、入道と唯二人被仰合事懇なり、入道又申けるは、とかく思召立給へ、君は先年佐, く絶果給はん事こそうたてけれと申上る、滿隆もつく〳〵と聞召て、あたりの人をの, 誰か背可申候、入道かくて候へは、一方の大將を承り、子共一門のものとも相伴ひ、, 候哉、御所樣の御政道あらく、御外戚の人々讒言おほく、諸人の恨かきりなし、某も, せ、早々思召立御代を取給ひて、御政道を正しく禮儀をみたり給はすは、關東の諸家, 又惟、圓覺大禪師乃翁五十年前爲普恩拈香禪師、五十年後爲廣感拈香、彼一時千釣法, 一其年七月の中旬に、禪秀ひそかに持氏公の御伯父新御堂小路に御座滿隆の御所へ參, 〔今川記〕, 道相續底也太奇、, 應永二十三年十月二日, ○續群書類從卷六百二所收, 略, 二, ○下, 應永二十三年十月二日, 一〇四
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- ○續群書類從卷六百二所收
- 略
- 二
- ○下
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- 應永二十三年十月二日
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- 一〇四
注記 (21)
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