『大日本史料』 8編 21 長享元年閏11月~同2年4月 p.902

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御所ニ百萬遍念佛ヲ修セラル、, 名將渡り給ふ故、御下知に順、人々和睦せり、義實は常に上下に組を定、組, 此外代々或は拾騎五十騎百騎計宛、何騎か黨と名付て、或時は臥勢とな, 陣の備二組、以上六備、衝陣左備より先備に替れは、休陣又替て衝陣と成、, 十八日、いんかしのとうゐんとのこの十日あまりたえたる御みやくいて, 間にて傳るも子細有事なり、御旗本一備、前備一組、衝陣の備左右二備、休, り、あるときき鳥雲の陣を成し、自由變化に働きゆへ、七備とは云傳へけ, を押寄打取、正木氏をもみな御手に附とまふ、是皆亂極て治を好折ろら、, 毎こ長をたてとまふ、軍の時は、是をもつて備を立る、安房殿は七備と、世, とのあろ月ネとに、いづ御〓あるかと申やうにて、のちと御とりあを, きさせおはしますよし、しず〕なろ申、めてたし〳〵、, 八日, 十九日、女ゐんの御所々ふまた御きもつふしなる御きなり、されとも夜に, 三月十七日、ぬんろしのとうゐん, り、, 〔御湯殿上日記〕, 、嘉樂門院御不例御祈ノ爲メ、名號御連歌ヲ行ハセラレ、尋デ、同, 長享二年四月八〓, ○京都御所東山御文, 庫記録甲二十九所收, 寅, 王, 丹波重長, 御危篤, 義實ノ戰, 御快方ノ, 由ニ拜診, 法, 長享二年四月八工, 九〇二

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  • ○京都御所東山御文
  • 庫記録甲二十九所收

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  • 丹波重長
  • 御危篤
  • 義實ノ戰
  • 御快方ノ
  • 由ニ拜診

  • 長享二年四月八工

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  • 九〇二

注記 (30)

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