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し、台徳院殿御上洛ありて、還御の時、居城にわたらせたまふ、康俊御膳を獻す、と, 一万石を加へられ、近江國滋賀・栗太兩郡のうちにうつされ、膳所城に住す、このと, 前守利光か陣の右に備へ、吹貫數多翻して敵陣にすゝむ、ときに利光か兵、敵將大野, 書をたまはり、近江國膳所城の守衞にくはゝる、すてに東照宮二條城に着御のゝち、, 河内國須那の凶徒蜂起せしにより、仰をうけたまはり、かの地に至り、賊徒を誅して、, を拜賜し、或は數日御滯座ありて、馬をよひ御鷹の鳥をたまひ、また家臣本多半兵衞, 好次も御前にめされ、御紋の羽織をたまふ、十九年、大坂御陣のとき、十月四日、奉, ゐに城中に乘入、軍功をあらはす、この日康俊か手に首百五級を得たり、二年、東照, 出さるゝのとき、台徳院殿にしたかひたてまつり、また須那に陣し、五月五日、おほ, 宮薨御により、三河國大樹寺にをいて法會行はるゝのとき、其奉行をつとむ、三年、, 主馬治房と相戰ひ、防きかねて見へしかは、康俊横合に馳入て、敵の備をやふり、つ, きに長谷部國重の御脇指をたまふ、五年、福嶋正則か安藝・備後兩國の所領沒收のと, せにより、松原に陣をうつして、奈良口の押へとなり、七日總攻のとき、先鋒松平筑, 其騷擾をしつめ、たゝちに大坂に出張し備前嶋に陣す、元和元年、再ひ大坂に御陣を, 元和七年二月七日, 戰フ, 大野治房ト, ニ加ハル, 河内須那ノ, 夏陣ニ秀忠, 膳所城ニ住, 膳所ノ守衞, ニ從フ, 一揆ヲ鎭壓, 大坂冬陣ニ, 元和七年二月七日, 一二〇
頭注
- 戰フ
- 大野治房ト
- ニ加ハル
- 河内須那ノ
- 夏陣ニ秀忠
- 膳所城ニ住
- 膳所ノ守衞
- ニ從フ
- 一揆ヲ鎭壓
- 大坂冬陣ニ
柱
- 元和七年二月七日
ノンブル
- 一二〇
注記 (27)
- 418,649,73,2165し、台徳院殿御上洛ありて、還御の時、居城にわたらせたまふ、康俊御膳を獻す、と
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