『大日本史料』 8編 22 長享2年5月~同年7月 p.183

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一家の事なれは、富樫ノ介泰高も葬禮こ加りて一首の歌を追悼しぬ、, 嶽の城中水底ゟ大將の死體を引揚、菩提所大乘寺え渡しけれは、葬送の儀式を執行ふ、, 有へし、中にも本郷駿河守は、木越御坊の智音也、早々出城有へしと云越ける、され共, 此嶽山の池に、馬上なから政親〓みし故、鞍ケ嶽と言傳フレとも不審也、此後朱塗の鞍, 火をかけゝる、家老參河守は、一揆共大勢取付て、自害を止メけるにより、詮方なく、山, 使を以、人々必ス自殺等有へからす、御大將滅亡の上は、寄手引取申條、勝手次第開城, 去にても、如此大勢取卷たるゆへ、討て出たりとて、百姓原を相手に討死を遂たりと, 扨高尾の城こは、嶽の城落されて、大將討死のよし聞へけれは、今は何をか期すへき、, 郎・福盆彌三郎・郡縁・吉田・小河・白崎・進藤・黒川・田入道、何れも自殺して館に, て、手柄こも成まし、人々譜代の者は、切腹して埓明んと評諚しけれは、はや寄手より, 譜代の面々は、政親の供せんとて、駿河守を初、八屋入道覺妙・宮永八郎三郎・勝見四, 五蘊本空なりけれは何者か借りて來らん借りて返さん, ノ内祇陀寺迄落行ぬ、其外一家の人々も、皆出城して落行、終に高尾も落去しぬ、依之, 白日に水上にうかむ共云、, 六才, 三十, 長享二年六月九日, 一八三

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  • 六才
  • 三十

  • 長享二年六月九日

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  • 一八三

注記 (18)

  • 313,655,60,1736一家の事なれは、富樫ノ介泰高も葬禮こ加りて一首の歌を追悼しぬ、
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