『大日本史料』 9編 13 大永元年5月-大永元年12月 p.336

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く、身方も討るゝ者十八人、手負二十六人、其日も暮けれは、身方も城内に引かへす、, あれわいかにと見れは、光の内に異形異類のものみゆる、諸卒きもおひやかす所に、光, 敵も本陣に引退く所に、長け三尺計の光物飛て出、東を指て飛行する、城にも寄手も, そ、小兵には候得共、こゝろみ給へと云まゝに、指つめ〳〵射程に、〓こらへ兼て、甲を, て、川井大膳掾矢倉に上り、あゆみの板をふみならし、いかに寄手の人々、永正の合戰に, ものは飛歸り、城内ゑそ入にける、立寄見れは、形はきへて失にけり、宇都宮是を見給ひ, 兼て手〓は知つらん、こゝやかしこのかり武者、何十萬騎候とも、ものゝ數とは思わぬ, かたむけしとろに見ゆる所に、城の内の兵三百餘騎、一度にとつと切て出、四角八面に, 切て回る、互に大聲上て戰ける、〓大勢討れ、血は草芥を染、尸は門前に横り、山の〓, らぬ城を、三千餘騎にて責落ぬこそ、ゆひ無甲斐有樣なりとそ仰ける、鹿沼の住人徳雪, おそれて出合ぬか、命惜くは、甲をぬひて降人に出よと申ける、城の内には此よしを聞, て宣ひけるは、是城内のものの恠成へし、必一兩日の内落城すへし、わすかに二町にた, 齋前み出て申けるは、いつれも此城をあなとらせ給ふこそひか事に存候、後は大山篠生, 茂りたるを、本より四五寸殘し爲苅けれは、苅場は大針を打ならふるか〓し、中々人馬, 大永元年十一月四日, 三三六

  • 大永元年十一月四日

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  • 三三六

注記 (16)

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