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にて、大ニ悦ひ、不日に、山形へ來られしを、義光すかして、病の床に近つけ、ぬ, 〔最上義光記〕上八沼城降參乃事, 圖をも預置、安堵して相果侍らはやといひやり給へは、十郎は、思慮淺キ人, て、十郎の供のもの、一人も不殘討取り、夫より直に勢を催し、谷地の城へを, けれき、小關嘉左衞門なといふ名譽の強弓數多籠り居て、爰をせんとゝ防, し寄ル、寒河江の城主羽柴勘十郎出向て合戰す、勘十郎は武勇の者ニて、山, き討にし給へは、あへなく二つに成て倒ル、相圖の太鼓をうちけれは、兵發, 多出來にり、さらは責具を用意せよとて、少引退給ふ所に、城内乃勝に乘す、, 形勢を散々にうち散しけれと、若ものにてすゝみ過、終には銕炮にうたれ, て死しけれは、寒河江、白岩の者とも、皆義光へ降參ス, 戰ひたる程に、〓やすく攻入へき樣はなかりたり、其上小城と〓りて、諸軍, 兵責具をも用意をす、我先にと責とりたる事なれは、手負死人時乃間に數, 成候、あはれ十郎殿に對面し、跡の事をも頼み、又修理大夫幼少の間、家の系, に入さりけれは、大軍を卒し、押寄給ふとひとしく、四方より取卷攻のほり, には、岸美作守楯籠り、近邊を押領して、義光乃御手, 八沼城, 百川村大字三中, ○西村山郡西五, 八沼城ヲ, 攻ム, 慶長十九年正月十八日, 五八五
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- 百川村大字三中
- ○西村山郡西五
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- 八沼城ヲ
- 攻ム
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- 慶長十九年正月十八日
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- 五八五
注記 (22)
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