『大日本史料』 9編 2 永正6年10月-永正7年12月 p.164

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る、伴ふ人々一首ほヽなといふに、, こそ歸り侍りしか、又越前守亭にして連歌あり、, 朝飯終日風呂なと有て、此程雨風洪水のおそろしありしをも又忘ぬるな, 山松や秋のはやしの〓かみとり, むかしの舟橋つらにめのまへの樣なれは成へし、舟橋の有けんといふ里, 多年の知音なりし人也、四十里はあり〓たてたる所より、あゝもと逗留の, るへし、そのあくる朝、舟橋を見にとて、安星、珠易なといふこれかれうち, おもかけはけふもむかしの名もしるく聞渡りこしけのゝ舟橋, あの館の山もと劣かき林つゝきの秋興計成へし、片見上野入道明見、宗祇, れて、まかりたりし、まあとに舟橋あけわたしけん跡見えて、遙々の山もと, に、小兒のいとうつくしき、これも馬にて劣と出あふにそ、目心もおとろか, れぬるけまなりし、その里ちかく梶原五郎景政の館有、これも同しくうち, 也、そのあたりの里の名〓る戀路といふあり、中絶けん〓も哀にそ覺え侍, 出て、歸路にかの宿所にて朝めしのありし、丁寧のことともにて、日〓けて, よしとてきたれり、此一座の第三なとして、めつらしくおもし海かりしに, 梶原景政, 館, 片見明見, 佐野舟橋, 永正六年是歳, 一六四

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  • 梶原景政
  • 片見明見
  • 佐野舟橋

  • 永正六年是歳

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  • 一六四

注記 (21)

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