『大日本史料』 9編 11 永正17年4月-永正17年雑載 p.246

Loading…

要素

割注頭注図版

OCR テキスト

せし所へ、小寺敗軍せし事を聞て、むなしく政村小鹽へ引返されける、, 人野澤主殿介といふ者をかたらひ、反忠をさせ、小寺範職をうち、相圖の火をあけけれ, たる兵卒一日かうちに一千餘騎、又集りて對陳ス、村宗計略をめくらし、敵陳小寺か家, して落行けれは、三石勢思ふまゝに追散し、追討して、首三百餘級を得て勝鬨を作り、, は、村宗一千餘騎を三隊になして、小寺等か播州勢へ打てかゝりけれは、小寺打負散亂, ○義村、村宗ノ族小寺村氏ヲ、播磨松山城ニ攻メテ、之ヲ破ルコト、五月是月ノ條, 三石の城へそ歸りける、其時政村小鹽を出て、作州へ越んとて、白旗の城へ至りて勢揃, 小寺則職, 二見ユ、, 〔參考〕, 〔花押彙纂〕, ○松原神社文書6, 八月十一日則職等連署状, 約, オ之, 部, 【播磨), 小寺則職花, 押, 永正十七年十月六日, 二四六

割注

  • オ之
  • 【播磨)

頭注

  • 小寺則職花

図版

  • 永正十七年十月六日

  • 二四六

注記 (21)

  • 1224,632,62,1804せし所へ、小寺敗軍せし事を聞て、むなしく政村小鹽へ引返されける、
  • 1686,630,62,2240人野澤主殿介といふ者をかたらひ、反忠をさせ、小寺範職をうち、相圖の火をあけけれ
  • 1799,631,62,2238たる兵卒一日かうちに一千餘騎、又集りて對陳ス、村宗計略をめくらし、敵陳小寺か家
  • 1454,635,63,2207して落行けれは、三石勢思ふまゝに追散し、追討して、首三百餘級を得て勝鬨を作り、
  • 1569,633,65,2238は、村宗一千餘騎を三隊になして、小寺等か播州勢へ打てかゝりけれは、小寺打負散亂
  • 1107,743,63,2134○義村、村宗ノ族小寺村氏ヲ、播磨松山城ニ攻メテ、之ヲ破ルコト、五月是月ノ條
  • 1337,632,64,2240三石の城へそ歸りける、其時政村小鹽を出て、作州へ越んとて、白旗の城へ至りて勢揃
  • 765,1164,58,224小寺則職
  • 1002,757,55,181二見ユ、
  • 871,743,80,191〔參考〕
  • 756,619,77,337〔花押彙纂〕
  • 522,1785,53,321○松原神社文書6
  • 410,1786,46,476八月十一日則職等連署状
  • 287,890,397,240
  • 794,1020,39,77オ之
  • 749,1015,45,44
  • 519,2102,31,79【播磨)
  • 505,259,45,216小寺則職花
  • 461,259,46,45
  • 287,891,395,275永正十七年十月六日
  • 1920,737,43,388二四六

類似アイテム