『大日本史料』 10編 1 永禄11年8月~同12年2月 p.604

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トラメウ、既に其臣下を悉く服從せしめ、其領内平和に歸したれば、パード, を慰め終りたる時、彼自ら來りて之を大村に誘ひ、其妻子及び之を待受け, けたり、諸人皆説教を聽かんとの心を起し、〓に聽聞を始めたる者あり、ド, ン・ベルトラメウは人を遣はし、パードレが、ポルトガル人の懺悔を聽き、之, シタン竝に異教徒なる領主竝に執政及び其管内の他の人々の訪問を受, ルトラメウの港にして、ポルトガル人の滯在せる福田に赴けり、彼はキリ, て、甚だ多忙なるに拘らず、多くの詩篇と讚美歌とを知り、此事に付ては、判, 以て、此の若き植物の爲め働き給ふことは、稱讚すべきことなり、ドン・べル, レ・コスモ・デ・トルレスは、口の津及び長崎巡訪の途に就き、同地よりドン・べ, せしむれば、癒えざることなし、但し之に付きては、藥の効よりも、大なる信, れる時は、予は藥を與へ、極力之を救助す、彼等は、非常なる信仰を以て之を, 斷力に富める大人の如く、又何も爲すべきこと無き者の如し、諸人病に罹, 用ひ、間歇〓を病める者來れば藥を與へ、發〓の時刻まで、終日跪きて祈祷, 仰の力多し、神が慈悲を垂れ、必要に應じて慈惠の寶を用ひ、不思議の業を, し他の多數の人に、洗禮を授けんことを求むべしと傳へしめたり、ドン・べ, 訪ス, とるれす, 醫藥ノ施, 大村純忠, 福田ヲ巡, 與, 布教ヲ求, 永祿十一年是歳, 六〇四

頭注

  • 訪ス
  • とるれす
  • 醫藥ノ施
  • 大村純忠
  • 福田ヲ巡
  • 布教ヲ求

  • 永祿十一年是歳

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  • 六〇四

注記 (24)

  • 968,712,66,2189トラメウ、既に其臣下を悉く服從せしめ、其領内平和に歸したれば、パード
  • 275,710,75,2195を慰め終りたる時、彼自ら來りて之を大村に誘ひ、其妻子及び之を待受け
  • 504,709,67,2190けたり、諸人皆説教を聽かんとの心を起し、〓に聽聞を始めたる者あり、ド
  • 393,716,69,2188ン・ベルトラメウは人を遣はし、パードレが、ポルトガル人の懺悔を聽き、之
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  • 1785,704,65,2190て、甚だ多忙なるに拘らず、多くの詩篇と讚美歌とを知り、此事に付ては、判
  • 1082,710,66,2189以て、此の若き植物の爲め働き給ふことは、稱讚すべきことなり、ドン・べル
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