『大日本史料』 10編 1 永禄11年8月~同12年2月 p.754

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仕ると有、, 田氏云々、, 度々謠ふ也、觀世に松井〓持まてを遣すと有と云う、, 能謠ひ、觀世弟子にて大音也と世に唱し事なり、忠興君なと御相手こて、, 數を被出、われら一番首を取、番ニ弟惡兵衞首を討取る、然れとも吾等, 説非也と云う、, 其上松井は、後まて物言濁れりと云事、家中の云傳へにもなし、第一諷を, は、馬に離れ、惡兵衞は我より先に六條へ參り、公方へ懸御目、御刀を拜領, 是も義昭公に被召出、御盃被下と有、口破れ舌不叶して、御盃頂戴可成哉、, 又説ニ、松井鑓を合さしか、口中に〓込れて舌破れ、後まて物言濁しと也、, 公に從ひ奉ると記し、六條本國寺戰の時、藤孝君、青龍寺より桂川に御人, 考と、如此なれは、此節御知行五百石被下候と見へ申候、扨右之評論夫, 又云、一説、松永は松永か方に、暫く小姓して居たりとあれ共、曾てなし、此, 又康之〓銘ニ云、公以君英武出衆、欲終留之、賜食祿五百石、配以義翁主沼, 々胸中也、又志水惡兵衞を三淵大和守殿家老と有、いぬかし、家記にも, 永祿十二年正月五日, 永祿十二年正月五日, 七五四

  • 永祿十二年正月五日

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  • 七五四

注記 (18)

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