『大日本史料』 10編 2 永禄12年3月~同年6月 p.187

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汝を、日本の宗旨を改革し、又内裏を昔時の名譽、地位、權力、及び富貴に復す, 對し、其力に應じて、或は一クルサド、或は二クルサド等を與へたり、彼は之, の毛利より彈正殿に宛て、直に士卒をして赴き助けしむべく、三人衆亡滅, 怖して服裝を變ぜしが、其習慣を改めず、小羊の皮を著て坊主となり、諸國, に依りて、多額の金を得、之を以て山口に寺院を建て、數人の弟子を集めた, る道具となすとの夢想を得たりと稱し、〓心を裝ひて、廣く此事を傳へた, を廻歴し、アマンゴの王に對し、叛逆を行ひ、山口の王の許に遁れ、釋迦より, リシタン等の記憶する所なるが、彼は他の遠國に行き、各村落に於て、之は, る前の事なり、而して武技に依り、多數の人を苦しめ、又〓したるが故に、恐, 福なるを知り、窮境に在るが故に、金錢を與ふることあるべしと思ひ、山口, 内裏より賜れる衣服なり、記念品として、彼等に頒たんと云ひ、各人小片に, り、彼が八年乃至十年前、當地に於て、一片の金〓を贖ひたることは、都のキ, り、此頃他の千種の欺瞞を行ひ、惡行の爲め、一所に靜止すること能はず、シ, 有りしが、貧窮なるが爲め之を捨て、兵士となりしは、未だ多くの年を經ざ, ヤンニンシウ、公方を〓したる彈正殿を、奈良の城に圍みし時、彈正殿の有, 衆ト松永, 久秀トノ, 毛利氏ノ, 就ニ從フ, 爭ニ當リ, 晴久ニ背, 書ヲ得テ, キ毛利元, 日乘尼子, 三好三人, 日乘ノ夢, 想, 永祿十二年四月八日, 一八七

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  • 衆ト松永
  • 久秀トノ
  • 毛利氏ノ
  • 就ニ從フ
  • 爭ニ當リ
  • 晴久ニ背
  • 書ヲ得テ
  • キ毛利元
  • 日乘尼子
  • 三好三人
  • 日乘ノ夢

  • 永祿十二年四月八日

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  • 一八七

注記 (29)

  • 1476,669,60,2202汝を、日本の宗旨を改革し、又内裏を昔時の名譽、地位、權力、及び富貴に復す
  • 905,668,60,2203對し、其力に應じて、或は一クルサド、或は二クルサド等を與へたり、彼は之
  • 307,673,59,2194の毛利より彈正殿に宛て、直に士卒をして赴き助けしむべく、三人衆亡滅
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