『大日本史料』 10編 6 元亀2年3月~同年9月 p.812

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るものを頭に被り、其上に、帽子形なる鋼鐵の兜を戴き、二百人の武士を隨, 兵を隨へて進みたり、此時總督は少しく計數を誤り、千五百人の兵士の出, 戰ふは、日本の習慣なるが故に〕其子の到著を待たず、彼の二百人を率ゐて, スコ・カプラルより贈られて珍重せる緋天鵞絨の帽子に、金の紐を附けた, 伏しゐたる二千人に圍まれたり、敵は衝〓の最初、三百の小銃を一齊に發, へて自ら先頭に立ち、少しく後方には、約十八歳なる總督の一子、五百人の, ダリヨが、其一子及び小數の兵士と共に之を守りしが、敵の來るを聞き、同, 城を期したりしが、敵の優勢を恐るゝ事なく、新城に達する前約半レグワ, は大膽勇猛にして、部下には五畿内中最も檢術に長じ、又武術に達したる, 敵を襲撃せり、彼は此時對陣せし敵一千人の外認めざりしが、直に山麓に, 所より、約三レグワの高槻に在りし總督に、急使を以て之を報告せり、總督, を率ゐて、急遽出動するの外なかりき、總督は豐後なるパードレ・フランシ, の所にて、敵影を認めて、一同を下馬せしめ、徒歩にて隨ひ來れる〔徒歩にて, 武士二百人を有せしが、時間の餘裕無かりし爲め、當時在城の兵士七百人, 射し、多數負傷し、又槍と銃とに惱まされたる後、總督の對手勇しく戰ひ、既, 其武裝, 惟政出陣, 其子惟長, ヲ伴フ, ス, 元龜二年八月二十八日, 八一二

頭注

  • 其武裝
  • 惟政出陣
  • 其子惟長
  • ヲ伴フ

  • 元龜二年八月二十八日

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  • 八一二

注記 (22)

  • 1099,647,67,2198るものを頭に被り、其上に、帽子形なる鋼鐵の兜を戴き、二百人の武士を隨
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