『大日本史料』 10編 9 元亀3年3月~同年7月 p.444

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く事、誠に不思儀の仕合也、併敵軍敗走の根元は、冨永又助、尾和谷を討得たる故也, とて、先又助に先知を返し、其上田五町に感状を添て與へけり、七騎の兵には、各, 純の字、忠の字をあたへ今道遠江か家人永田千兵衞には、於杭出津屋敷壹ケ所・田三, 一、軍功の士卒に恩賞を行ふ事并七月晦日を以八朔の賀日と爲る事、, 純忠既に歸城して、親族舊士等に向て申けるは、今度三方の大敵を追拂ひ、家運を開, 反・畠三反に、感状を添て與へけり、郡村給人等并下川原の冨永彦四郎には、各田地, 壹町宛に感状を添て與へ、其外軍功の者ともに感状褒美、功の高下に仍て差引有、, に座して、前後左右に兵士を備へ置、追撃して, 高名せし士卒等、追々持來る首共を一々實〓をとけ、勝興を執行ふて歸城せり、, 石, 兀龜三年七月三十日, 説、此石尾和谷か首を陶置たる石とも云り, 今天神宮の鳥居の脇に有之、實〓石是也、, 守は首五ツ鑓に貫き持來りけるか、原口彦次か首三ツ取來るを見て云けるは、其方兼而口をきく若ものなるか、, 富永, 込行く敵を追撃する印に、首二ツ三ツは何事そと散々に恥しめけれは、彦次尤なりとて、又追討して首二ツ取添, 此時朝, て來りた, 又助, 長壹岐, ると云り、, 籠り居候、相手の兄弟組仲間と一ツに成、七右衞門を討んとて、其屋敷を取卷たり、此節又助駈付、何もへ申け, 事、今度の手柄に依て致立身居候處こ、兄の七右衞門、今道遠江か組侍と喧〓いたし、相手を切殺、我屋敷に取, るは、七右衞門儀人を殺し候得は、可遁道無之候、早速腹を切せ可申、乍然兄弟の間二候得は、取後の盃をいナ, し度候、夫迄御待被下候得とて、内に入、下女に小樽を持せて出しける、其跡にて又助納戸の壁を切破り、七右, 衞門妻子等を引連て遁れ出、町より船に乘、針尾嶋に落去りたり、取卷居たる者共、内の仕廻を相待居けるに、, 餘り及延引ける故、内に入て見けれは、人壹人も居さりけり、扨は欠落いたしたりとて、方々尋けれとも、跡方, 行フ, 富永又助退, 身ノ子細, 純忠恩賞ヲ, 實〓石, 兀龜三年七月三十日, 四四四

割注

  • 説、此石尾和谷か首を陶置たる石とも云り
  • 今天神宮の鳥居の脇に有之、實〓石是也、
  • 守は首五ツ鑓に貫き持來りけるか、原口彦次か首三ツ取來るを見て云けるは、其方兼而口をきく若ものなるか、
  • 富永
  • 込行く敵を追撃する印に、首二ツ三ツは何事そと散々に恥しめけれは、彦次尤なりとて、又追討して首二ツ取添
  • 此時朝
  • て來りた
  • 又助
  • 長壹岐
  • ると云り、
  • 籠り居候、相手の兄弟組仲間と一ツに成、七右衞門を討んとて、其屋敷を取卷たり、此節又助駈付、何もへ申け
  • 事、今度の手柄に依て致立身居候處こ、兄の七右衞門、今道遠江か組侍と喧〓いたし、相手を切殺、我屋敷に取
  • るは、七右衞門儀人を殺し候得は、可遁道無之候、早速腹を切せ可申、乍然兄弟の間二候得は、取後の盃をいナ
  • し度候、夫迄御待被下候得とて、内に入、下女に小樽を持せて出しける、其跡にて又助納戸の壁を切破り、七右
  • 衞門妻子等を引連て遁れ出、町より船に乘、針尾嶋に落去りたり、取卷居たる者共、内の仕廻を相待居けるに、
  • 餘り及延引ける故、内に入て見けれは、人壹人も居さりけり、扨は欠落いたしたりとて、方々尋けれとも、跡方

頭注

  • 行フ
  • 富永又助退
  • 身ノ子細
  • 純忠恩賞ヲ
  • 實〓石

  • 兀龜三年七月三十日

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  • 四四四

注記 (34)

  • 1103,677,60,2189く事、誠に不思儀の仕合也、併敵軍敗走の根元は、冨永又助、尾和谷を討得たる故也
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  • 1334,638,58,1735一、軍功の士卒に恩賞を行ふ事并七月晦日を以八朔の賀日と爲る事、
  • 1217,671,61,2191純忠既に歸城して、親族舊士等に向て申けるは、今度三方の大敵を追拂ひ、家運を開
  • 755,669,58,2202反・畠三反に、感状を添て與へけり、郡村給人等并下川原の冨永彦四郎には、各田地
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