『大日本史料』 10編 10 元亀3年8月~同年12月 p.303

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地は、眞野隱岐守と云ひし人の別莊の墟なりと云へり、, 本尊観音、, は、能登惣持寺百十六世笠翁、, 應永の間、本寺は、彼村に移る、, 久坂は、日下なり、上新印村圓福寺の下に記するか如く、旧彼寺の属坊たりしか、文明・, 寺領五石八斗七升九合、證文如左、, 移住せしより、当寺は、返て彼寺に属す故に、寛文中、両寺所領を爭て、官の糺弾を蒙, 祖全和尚、米子城主加藤氏の歸依に因り、彼地に一寺を建て、又、瑞仙寺と号し、此レに, 慶長中、八世, 少輔教之なり、教之は、時氏の玄孫にて、倉吉城主大膳大夫〓之の子なり、系圖、又、, 應仁記・應仁別記に、相模守とす、寺地、徃古は今の地より東南三丁許の処にて、今の, 開山, 建立年記詳ならす、開檀は、山名兵部, 久坂山瑞仙寺、曹洞、米子瑞仙寺未、, 一月三日ノ條ニ見ユ、, 〔伯耆志〕會見郡日下村〓, 〔參考〕, 眞野氏の事、下条、又、, 下新印村の下に記す、, 寺の筆記に、源義家の長子義親、配所にて誅せられし後、其の, 持寺に入ると云傳ふ、, 臣某、亡主の菩提の為に建立すと云へれとも、信す可からす、, 略ス、, 薩摩人、嘉吉二年、惣, ○文書, 略, ○中, 元龜三年十一月五日, 三〇三

割注

  • 眞野氏の事、下条、又、
  • 下新印村の下に記す、
  • 寺の筆記に、源義家の長子義親、配所にて誅せられし後、其の
  • 持寺に入ると云傳ふ、
  • 臣某、亡主の菩提の為に建立すと云へれとも、信す可からす、
  • 略ス、
  • 薩摩人、嘉吉二年、惣
  • ○文書
  • ○中

  • 元龜三年十一月五日

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  • 三〇三

注記 (29)

  • 517,633,56,1407地は、眞野隱岐守と云ひし人の別莊の墟なりと云へり、
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  • 283,626,62,2252移住せしより、当寺は、返て彼寺に属す故に、寛文中、両寺所領を爭て、官の糺弾を蒙
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