『大日本史料』 10編 11 元亀3年12月~同年是歳 p.463

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は、其の衞兵及び他のキリシタン等と共に教會堂の警衞に當りたり、此の敬虔なる公子の, て、親の嫌惡を繼承せし異教の兒重等迄も、街頭に於て之を行ふに至れり、見物に來りし, 異教徒の數は、頗る多かりしを以て、或は暴行をなす者あらんことを〓れ、ドン・ルイス, 心を抑制すること能はざるを慮り、ヂシピリナを行はざるは、デウスへの奉仕の爲には、, 除きて千餘人に達したり、而して擧りて大なる熱心と〓とを以てヂシピリナを行ひしを以, 殺害せらるゝに勝れりと附言せり、公子は使者に接して、その豫定を變更したるも、此の事, 將にヂシピリナを行はんとしたる時、其の父は使者を遣はし、敵なる異教徒が之を默過せ, 異教徒及び坊主等の迫害に對する恐怖を捨てゝ、木曜日の行列に參加し、其の數は兒重を, を殺す隱謀をなし〓たることを聞知せり、聖週の勤行終り、復活祭當日、, 麗なる墓所に主を納めたり、ドン・ルイス、竝にヲチカ及び附近の村々のキリシタンは、, ざるにより、斷じてヂシピリナを行ふべからずと傳へ、又此の言のみにては、其の子の熱, はデウスの特別の攝理によれるものにして、後に至りて、異教徒數人此の聖き勤行の際、彼, の勤行は熱心に行ひ、及ぶ限りの設備をなして、甚だ美, り、されど之が爲めに復活祭を中止することなかりしなり、, 聖週, ○一五七〇年三月十九日、日曜日、, 即チ元龜元年二月十三日以降カ、, ○一九七〇年三月二十, 六日、即チ元龜元年一, 聖週ノ行事, 復活祭, 元龜三年是歳, 四六三

割注

  • ○一五七〇年三月十九日、日曜日、
  • 即チ元龜元年二月十三日以降カ、
  • ○一九七〇年三月二十
  • 六日、即チ元龜元年一

頭注

  • 聖週ノ行事
  • 復活祭

  • 元龜三年是歳

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  • 四六三

注記 (23)

  • 1004,631,68,2282は、其の衞兵及び他のキリシタン等と共に教會堂の警衞に當りたり、此の敬虔なる公子の
  • 1236,634,67,2282て、親の嫌惡を繼承せし異教の兒重等迄も、街頭に於て之を行ふに至れり、見物に來りし
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