『大日本史料』 10編 15 天正元年4月 p.238

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御異見と首尾あひ候とて、碧岩七の卷にて參禪はおはる、, 永祿改元、, の御事にて、御出陣の間には曰々夜々の參禪學道他事なし、碧前の事申に及ばす、後に, はら澤まで送給ふ、それより板垣信形が駿河興津まで送まいらせて歸る也、さる程に信, は碧岩七の卷まで參得なされ、是非共參禪はたし可被成と、無二に此事を御執心候、岐, 玄公右兩和尚の申さるゝごとく、長禪寺岐秀和尚へ御隨身候て、一則の結縁に預べきと, 〔鹽山向嶽禪菴小年代記〕, 來向、, へ御參得あるべしとて、兩和尚御座敷を立給ひ、御暇乞ありて歸洛なり、晴信公も西郡, 秀和尚信玄公へ被仰は、參禪は七の卷までに可然候とある御異見と、前に惟高・策諺の, 〔西笑承兌筆武田信玄詩藁〕, ○以下、學藝ノコトニカヽル、, 賤上下男女等之慶、箇是今上加護瑞、可爲過去因縁樂、至祝々々、九月十五日申刻, 夫源朝臣武田大守晴信公、平信陽來、奉移金色之阿彌陀如來於甲之禁府、國中之貴, 午、略, 戊○中, ○「王代記」、「十五」ヲ「廿五」ニ作ル、信玄、甲斐板垣ニ新善光寺ヲ造, 立シ、阿彌陀如來ヲ安置スルコト、永祿元年九月二十五日ノ條ニ見ユ, ○甲, ○細川護, 立氏所藏, ○下, 略, 斐, ヲ甲府ニ移, 信濃善光寺, 阿彌陀如來, 詩, ス, 天正元年四月十二日, 二三八

割注

  • 午、略
  • 戊○中
  • ○「王代記」、「十五」ヲ「廿五」ニ作ル、信玄、甲斐板垣ニ新善光寺ヲ造
  • 立シ、阿彌陀如來ヲ安置スルコト、永祿元年九月二十五日ノ條ニ見ユ
  • ○甲
  • ○細川護
  • 立氏所藏
  • ○下

頭注

  • ヲ甲府ニ移
  • 信濃善光寺
  • 阿彌陀如來

  • 天正元年四月十二日

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  • 二三八

注記 (31)

  • 1012,814,65,1387御異見と首尾あひ候とて、碧岩七の卷にて參禪はおはる、
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