『大日本史料』 10編 17 天正元年8月 p.21

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小身を現し、猿猴の樹をつたふが如く、人間の事にあらさりけり、軍の指揮をなす時, 軍になれ、濫坊劫掠を事とせしかは、行先にて人を殺し、人民をやふり、村邑・屋宇, 取て亡せり、故國中の人民鹿助を恐〓こと、惡魔羅刹をいふかことし、扨鹿助は巨濃, つて敗亡の餘卒を集、方々邊境を伺ひ、敵の領内を侵し、我軍資となしゝかは、一揆, かことく、其變化攻撃には、前にあるかとすれは、忽然として後にあり、大身を化し, 郡に居たりけるか、爰は國の邊僻にして、敵城程遠く、軍謀武略成難しとて、潛に城, 以少討多、以弱襲強、攻守奇正自然に孫呉か機變に叶へり、され共近年牢人の身とな, す、當國昔よりの古跡寺社、代々傳持の國中の名物重寶等、此時に皆或燒失ひ、或奪, は、籌策の智謀深して、敵を語らひ味方となし、間を入て術を知、敵陣の透間を伺ひ、, なる髭の中より、二つの眼を見出せり、胸より手足に至迄、毛ばう〳〵と生しげつて、, 神社・佛閣といへ共憚事なく、寺院に推入、僧を打擲し、什物等奪取、用之て軍粮と, 魏の張遼が名を聞て、小兒啼を止けんも斯やと知るゝ斗也、面には鬚甚多して、眞黒, は、何たる強勢の勇士共も面を埀て見上け得す、童部なとは絶入斗に恐れけれは、彼, 只黒牛を見ることし、天性勇武に志深く、打物取て敵に向ふ時は、四天二王の立たる, 天正元年八月一日, 二一

  • 天正元年八月一日

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  • 二一

注記 (16)

  • 1289,686,58,2193小身を現し、猿猴の樹をつたふが如く、人間の事にあらさりけり、軍の指揮をなす時
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