『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.15

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今度信長公、去二日、惟任日向守逆心により、御父子於京都〓せられ給ひぬ, 輝元へ、小早川、吉河を以、信長公御父子之事申けれは、家老之面々よひ集め, かりし、尤なる裁判とこた存候へ、其上百人は百人、千人は千人、昨日之無事, ゝるへし、然則當家をは、葉を枯し根を絶すはかりに可被打果候か、是一、信, いかゝ有へしと評議有けり、年わかうしていさ見かちなる人々は、是天の, へ申屆候へ、其上を以可相極とて、又使者をかへし給ひけり、則兩使立歸て、, 此上にても、如最前承及筋目、無相達被仰談候はんや否の事、兩使還て輝元, ちまちなりし處に、小早川、存知よりし通申上みんと、指を折て云けるは、今, 多し、又心有は、とかうを云ぬも半はせり、何れを是とし、何れを非と一著ま, 討平、逐年威勢加り行事あらは、今度變約之義徹骨髓、忘れもならす恨ぬか, 長公御父子切腹之注進は、とく秀吉聞可被申、然るを取しのめたる事共多, 與ふる幸也、打破て歸陣し、世中之躰を御見合せ宜しからんと、高言を咄も, 度信長亡給ふ事、秀吉のためには、一徃不吉の兆なり、爰を鍛直し、惟任をも, 之扱、かやうの節を幸に濟し可被申處也、其扱をも、甚以よしとせす、昨今兩, 吉、隱より見はなるはなし、亡君之御事、隱す共やはかくるへきかと思惟し、, 川元春等, ト和平ノ, コトヲ議, 輝元小早, 隆景ノ進, 告グトノ, 川隆景吉, ヲ輝元ニ, 説, 言, 天正十年六月四日, 一五

頭注

  • 川元春等
  • ト和平ノ
  • コトヲ議
  • 輝元小早
  • 隆景ノ進
  • 告グトノ
  • 川隆景吉
  • ヲ輝元ニ

  • 天正十年六月四日

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  • 一五

注記 (27)

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