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尾四郎兵衞光敏か所領なり、, か嫡子に、先達て嫁娶の約有りしか、此度の大惡臣として、君を〓す、人倫, 駿馬に乘て川を渡す、小荷駄奉行高力與左衞門下知して、荷物等を積せ, 宇治に來り、神君を迎へ奉り、是より近江信樂、波多野、高見峠を經給ひて、, の大變、天地のいれさる處を惡て、山岡兄弟瀬田の橋を斷て、明智か安土, て、恙なく向ふの岸に著く、夫より彼湖水の端を石山寺の北の麓に至ら, 共に、舊知多き故、聊も侵し奉る事なし、然して信樂三千八百石、代々多羅, の城に赴んとするを遮らんと搆えて扣へたり、尤今日山岡兄弟先達て、, 給ひて、此多羅尾氏方に浪居せられし也、丁寧親切にかくまひ申たる, 程の嶮岨、凶賊もこゝかしこに群居すといへ共、山岡兄弟并服部貞信と, せ給ふ、爰に瀬田の城主山岡美作守景隆、其弟對馬守景佐、其妹明智光秀, 伊賀上柘植、鹿伏兎越より、伊勢白子浦に出し奉らん事を議す、誠に近江, 信樂越多羅尾に至る山路は、馬足は叶ひ難き仕合、漸々山駕籠一挺通る, 信樂の山中たらうといふ所に住居也、近衞前久公の應仁亂に貧沒し, により、牡丹杏葉の近衞家の紋を被下、今に近衞殿御目かけられ候、御, 天正十年六月四日, 山岡景隆, 多羅尾光, ノ説, リ柘植加, 太ニ出デ, ニ出ヅト, 高見峠ヨ, 石山ノ北, ントスト, 俊, ノ説, 天正十年六月四日, 一六六
頭注
- 山岡景隆
- 多羅尾光
- ノ説
- リ柘植加
- 太ニ出デ
- ニ出ヅト
- 高見峠ヨ
- 石山ノ北
- ントスト
- 俊
柱
- 天正十年六月四日
ノンブル
- 一六六
注記 (29)
- 489,694,57,857尾四郎兵衞光敏か所領なり、
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