『大日本史料』 11編 2 天正10年7月 p.693

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し、天台宗にて、三崎の別當を兼帶すといへり、, 〓折の笛を一覽し給ふて、親筆の短册を殘し給へり、, ましに奇瑞ありて、祕藏し給へる〓折の笛を奉納せられしとて傳來す、, 卿の短册は、そのかみ此地邊を巡回し給ふ比、賜りたるものか、但し歌は, 古歌也、又鵜飼妙嚴寺に雪中滯留し給ふて、元朝に黒峰城をは攻落さる, といふ事は過聞なるべし、殊に黒峰の城主阿部判官綱連といへるを退, 峰の城を責給ひ、遂に落城す、其時の御褒美に、子孫有爲に改宗させられ、, 治せらるゝ爲め也とも載たり、阿部判官は古き人にて、時代甚違へり、お, 按に、右能登路記に載たる狼煙村川崎七郎左衞門方こ持傳へたる利家, 鵜飼より二十町許鵜飼川の上なる西方寺村に有て、丈六山西方寺と號, 前田家元祖利家卿、能登國奧郡巡囘し給ひける時、高勝寺に宿り給ひ、右, 妙嚴寺と改號す、其頃は珠洲一郡の政務を御預ケ置れしと也、此寺昔は, 判官此笛を珠洲の社に捧け給ひしとなんきゝて、, 一一書云、三崎高勝寺に、源義經此沖にて難風に逢ひ、三崎權現へ祈誓せら, ありし世の其あらましを聞からに袖さへぬれて□にそなかまし, 天正十年十月十日, 高勝寺, 天正十年十月十日, 六九三

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  • 高勝寺

  • 天正十年十月十日

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  • 六九三

注記 (19)

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