『大日本史料』 11編 3 天正10年12月 p.655

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はし〳〵けるを、虎之助二間半の鑓を、鉄炮の中へ打入はらひ入り、新七, か肩先を〓れける、十三郎續て、ぬかれたり、無念なりとのゝしり、新七か, 付處を、馬に乘たらは、御機嫌の程も如何と分別し、歩行の内に入勤仕致, 御馬拜領す、則馬に乘られけるか、つく〳〵と遠慮し、かく御念頃に被仰, 腹をうら表に〓ぬきしを、虎之助申されらるは、一番に〓しは我なり、し, 隼人か甥に木村十三郎といふもの、新七を目にかけ、十文字の鑓を振ま, されける、勢州龜山の城主瀧川内佐治新助籠りしを、秀吉公先勢にて被, 卷、責崩し玉ふ時、虎之助先勢の働き見て參るへしとてつかへさる、虎之, 人數にて、於近江國出馬し給ふ、安樂越を出させらるゝに、虎之助を召れ, 助達者第一の若者なれは、諸勢攻入し跡より乘こみし所に、佐治か家來, 近江新七といふもの下知し、鉄炮を打せ、あたりを拂て見えけるを、木村, 被仰けるは、汝小身なれは、よき馬をも持まし、馬取共にとらせよと、黒の, 意不仕、右重太夫の麻之裝束を貰ひ、是を著し、名を三太夫と改、御陳所へ, 罷歸候由, 〔清正記〕〇肥後一秀吉公は勢州瀧川左近將監御討伐として、七萬餘の, 天正十一年二月十六日, 清正記〕〇, 其裝束も今以, 持傳居申候, ノ若者, 木村十三, 近江新七, 達者第, 加藤清正, 郎, 天正十一年二月十六日, 六五五

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  • 其裝束も今以
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  • ノ若者
  • 木村十三
  • 近江新七
  • 達者第
  • 加藤清正

  • 天正十一年二月十六日

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  • 六五五

注記 (27)

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