『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.654

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同八年、大權現、康親ならびに松平家忠、牧野康成に命じて、持舟をせめか, ふとも、たすけの兵あるべからす、大權現是をきこしめされて、康親が申, らば、かならず此こと葉をあはすべしといひければ、皆人其忠烈を感ず、, む〓に同じたまひ、兵をすゝめて小山をせむる事八日の内に、康親手づ, から敵數人を討とお、家人も又高名あり、勝頼小山をすくはんため、大井, こましむ、康親郎從を引卒して發向す、城主三浦兵部少輔、向井伊賀守を, は長篠敗軍にて、武田づ諸將大半ほろびぬ、勝頼一人たけくいさむとい, 河まて出張すといへども、前に城郭あり、後に強敵あるゆへ、兵を引てさ, お、大權現士卒に命じてかこみをとき、山にそふて列をなし、兵をおさめ, むといへども、つゐにやぶられす、高天神の城の通路たるに依て、いどみ, て歸りたまふ、康親牧野の城をまもる事七年のあひだ、勝頼數度是をせ, の兵も、又折々出て戰ふ、誓約していはく、駿河を, 戰ふ事るむ時なし、此城と田中と、大井河を隔て、つふに田中の兵と懸あ, ひ、足輕軍あり、あるひは麥をかり、或は苗をぬみ、騷動やむ事なし、藪田遠, 取得ずんば、かは〓を駿河の地にさらすべし、身の後に是を聞をく人あ, 天正十一年六月十七日, 目, ○譜牒餘録松平周防, 子書上、遠目一一字ナシ, 田中ノ兵, 用宗城ヲ, 攻ム, ト戰フ, 小山城ヲ, 攻ム, 六五四

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  • ○譜牒餘録松平周防
  • 子書上、遠目一一字ナシ

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  • 田中ノ兵
  • 用宗城ヲ
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  • ト戰フ
  • 小山城ヲ

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  • 六五四

注記 (26)

  • 286,710,61,2126同八年、大權現、康親ならびに松平家忠、牧野康成に命じて、持舟をせめか
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