『大日本史料』 11編 5 天正11年8月 p.861

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かは、即同心し、明後十三日の夜、船を渡し引入可申候、必す御人數を出させ, 者をは伐捨に〓〓、勘右衞門尉か叔父清藏主、竪横十文字に切て廻り、八字, よとなり、十三日、大柿を立て打けるに、北方の渡りの邊よ〓小船を數多荷, ひ、東のして行有、是ハ池田紀伊守獵船を十艘計調つゝ、大豆戸の渡りへ運, 人其邊の親き者の方へ、日置三藏を遣し、其城を可乘取才覺頼入由被申し, 給へ、たしかにならまは、御人數出しか〓らるへうもやおはしまさんとて、, 勝入打聞て、犬山之城留守居計なる事天之與ふる幸也、舊因な)は、犬山町, 城主として、中河勘右衞門尉をすへをかま々るか、勢州嶺之城爲番手有由, 由打聞て、おとり上りはね上り悦ひぬる事限なし、かくて陣ふ斗有〓るは、, 明後十三日、至東美濃發向し、其日に歸陣すへく候條、腰兵粮のみの用意せ, 人質二人渡し候て、三月十一日の未明に、日置を大柿へ歸し侍りぬ、勝入其, ぬ事ては有、十方にくきて有し處を乘入、向ふ者あれは引組て頸を取、迯る, 待候へ、東美濃へハ通るましき旨ふき通り々り、亥の時とおほしきに、紀伊, ひぼかはし〓り、夜に入しかは、使番の者向諸勢、宇留馬の川はたに陣を取, 守十艘の舟に打乘て河を渡し、城へ忍ひ寄、凱歌を唱きは、城中思ひもよら, ノ町人等, 勝入大垣, ヲ誘フ, 勝入犬山, ヲ發ス, 元助犬山, 城ノ不意, ヲ襲フ, 天正十二年三月十三日, ラ置ク, 八六一

頭注

  • ノ町人等
  • 勝入大垣
  • ヲ誘フ
  • 勝入犬山
  • ヲ發ス
  • 元助犬山
  • 城ノ不意
  • ヲ襲フ

  • 天正十二年三月十三日
  • ラ置ク

ノンブル

  • 八六一

注記 (26)

  • 1570,610,76,2197かは、即同心し、明後十三日の夜、船を渡し引入可申候、必す御人數を出させ
  • 290,589,79,2211者をは伐捨に〓〓、勘右衞門尉か叔父清藏主、竪横十文字に切て廻り、八字
  • 988,603,76,2206よとなり、十三日、大柿を立て打けるに、北方の渡りの邊よ〓小船を數多荷
  • 869,604,77,2200ひ、東のして行有、是ハ池田紀伊守獵船を十艘計調つゝ、大豆戸の渡りへ運
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