『大日本史料』 11編 5 天正11年8月 p.942

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せしが、其陣地は頗る不便なりき、, せし兵數少く、隆信若し大軍を率ゐて來らば、我が兵は島原と其軍との間, ードレ及びイルマンの同所に在りし者、交代して終夜海陸を見張りたり、, に在り、人力は全く闕けて之に頼むべからずと言ひ、而も力の及ぶ事は爲, 勞して育成せし高來及び大村の基督教會は、全然破滅に瀕せしことなり、, すべしと答へたり、即ち予は此土地によき見張を置かんことを望みたる, 者なしと告げし事は、時々發生せし他の珍事と共に我等を苦しめたり、, ドン・プロタシオは聖週に大砲二門を其營に据付けたり、大砲は日本には, 又有馬の牢獄に在りし青年數人〓出し、何か得んことを望みて、隆信の許, が、年老いて平和なる彼等は、既に眠りに就きたりと見えたり、仍て我等パ, に赴き、有馬が孤立して守護者なく、若し之を攻取らんとするも、抵抗する, 我等の心を少からず苦しめたる第四の危險は、此時までに薩摩より渡來, に在りて、悉く殲滅せらるゝの虞あり、コンパニヤの會員が、多年の間大に, 此間に中務は陣營の築造に全力を盡し、ドン・プロタシオも同じく之をな, 甚だ稀にして、之を操縱する者も亦稀なるが、此際偶然にも藥室の裝〓方, ヲ築ク, 鎭貴大砲, 家久陣營, ヲ其陣ニ, 備フ, 天正十二年三月十五日, 九四二

頭注

  • ヲ築ク
  • 鎭貴大砲
  • 家久陣營
  • ヲ其陣ニ
  • 備フ

  • 天正十二年三月十五日

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  • 九四二

注記 (22)

  • 409,628,61,998せしが、其陣地は頗る不便なりき、
  • 1211,622,74,2200せし兵數少く、隆信若し大軍を率ゐて來らば、我が兵は島原と其軍との間
  • 1443,626,73,2206ードレ及びイルマンの同所に在りし者、交代して終夜海陸を見張りたり、
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