『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.137

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田大敵出て難儀に及よし風聞を聞、一子十四歳にて、彼地に有を心もと, る内に手負死人重候故、堤を便り懸り兼候を、一氏打見て、弓の者共か空, 來る、扨始一戰に勝て、逃るを追て、二里四方へ打ちらしたる先手七千計、, 跡を見返り候に、多勢見へて、式部旗本へ懸り候、必定敵なるそ、皆〓せよ, 長政、蜂須賀、赤松、明石の人々、寺田、松浦、眞鍋等追々に欠付て、見る内に一, 勘右衞門か前に積置、指取引詰射させけるに、時刻うつり、先手より、黒田, 氏か旗本五千計に成候、黒田孝隆入道如水は、大坂御留守居成しか、岸和, 太夫、眞鍋、桑原も皆敵を追捨て、我先に〳〵と一氏か旗本へ懸〓る事雲, をかけ、靜りかへりて備へらる、一揆勢か一氏づ小勢を見て、平掛りに懸, 穗矢籠迄も勘右衞門に渡せと下知して、矢を持寄、算木の積たる如くに, 主膳興晴岸和田より助來る、一氏か兵共皆々折敷、鑓を作り待かけ候、新, 霞の如し、一氏か兵共藤井藏人、市橋監物、近藤左京、天野和泉、國侍乃沼野, 藤勘右衞門は精兵とも手置なれは、物わきに立て散々に射る、紀州勢見, とて、黒田長政、蜂須賀家政、赤松晴政、明石左近大夫、寺田又右衞門、松浦安, を引付置時ぬ、引退たた心出て、未練に成ものなりとて、一氏ぬ床机に腰, 天正十二年三月二十二日, 子ストノ, 衞門, 大坂ヲ留, 孝高岸和, 黒田孝高, 新藤勘右, 等來援ス, 黒田長政, 田ニ赴援, 説, 天正十二年三月二十二日, 一三七

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  • 子ストノ
  • 衞門
  • 大坂ヲ留
  • 孝高岸和
  • 黒田孝高
  • 新藤勘右
  • 等來援ス
  • 黒田長政
  • 田ニ赴援

  • 天正十二年三月二十二日

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  • 一三七

注記 (28)

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