『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.294

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とを申合せたり、敵は再び防柵に來襲し、薩摩の兵は出でゝ戰ひしが、既に, して再び戰運を試みんと決し、薩摩の王の兄弟なる中務は、その全軍より, ため、此の如くするを毎とす、彼は同一の目的のため、その子を伴ひて、戰の, 幾分疲勞し居り、武器に於いては、全く敵と反するものあり、即ち隆信の軍, は三度柵内に追込められたり、薩摩の軍は、極度の危險に陷りしが、力を出, 望み得べく馬に乘り、同じく馬に乘りたる部將をして、短き激勵の辭を述, べしめたり、勇將等は類似の場合に臨みて、弱りたる兵士の氣力を増さん, は、これに反して少數の銃及び多數の弓と、短き鎗及び甚だ長き劒を有し, は、多數の銃器及び少數の弓と、長き鎗及び短き劒とを有せしが、薩摩の軍, に祈願せり、而して他の異教徒の前に於いて、防柵に對ひて戰はんとする, の眞の主人なるドン・プロタシオに勝利を與へ給はんことを、晝夜デウス, 時は、何人も銃に彈丸を込めず、たゞ戰はんとするの状を示すに止むるこ, たり、而して敵は絶えず援兵を出し、新鋭の兵は、刻々増加したれば、我が軍, 彼等は交代してキリシタンの一人の家に設けたる小祭壇に潜行し、彼等, 危險最も甚だしき所に立ち、殆ど勝利を期せず、全員戰死して武勇を示し、, ヲ激勵ス, 家久其子, ト島津勢, 龍造寺勢, 家久部下, 島原ノ耶, 利ヲ祈ル, ニ死ヲ期, 豐久ト共, トノ武器, 蘇教徒ハ, 鎭貴ノ勝, ノ比較, 天正十二年三月二十四日, 二九四

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  • ヲ激勵ス
  • 家久其子
  • ト島津勢
  • 龍造寺勢
  • 家久部下
  • 島原ノ耶
  • 利ヲ祈ル
  • ニ死ヲ期
  • 豐久ト共
  • トノ武器
  • 蘇教徒ハ
  • 鎭貴ノ勝
  • ノ比較

  • 天正十二年三月二十四日

ノンブル

  • 二九四

注記 (30)

  • 1311,640,61,2193とを申合せたり、敵は再び防柵に來襲し、薩摩の兵は出でゝ戰ひしが、既に
  • 605,633,67,2202して再び戰運を試みんと決し、薩摩の王の兄弟なる中務は、その全軍より
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  • 1193,631,66,2207幾分疲勞し居り、武器に於いては、全く敵と反するものあり、即ち隆信の軍
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