『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.527

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てきりくだし、岩崎を指而おひ打に打、然處にほりの久太郎、はせ河藤五郎、, ける處に、家康は三河へ敵づまわると聞召而、其儀ならば、人數を〓かわさ, も心ある功者は、敵こそ思ひ切て見ゆるそと、心にふかみ、さたかにもいは, 助おりしき、酒を一つ二つ呑て松田にさし、息をつき退けれは、一揆乃中に, 五郎、ほりの久太郎、其外三萬餘にて、天正十二年, んと被仰而、水野惣兵衞殿、榊原式部太夫、大すか五郎左衞門、本田豐後守親, 引にして見えさりけり、, され共、其より大身を出しおはされは、溢れ者もをのつから追すて、後は相, でんヲ立而、岩崎へ出て、一時之内に岩崎城を責取而、かち時をつくりて有, 尉、吉川新兵衞尉、並河平右衞門尉、中西勝右衞門尉、保木善右衞門、小野彌一、, 子、其外を指つかわされける處に、程なく見吉孫七郎殿に押寄而、合戰をし, 廣瀬專之助、一瀬二左衞門、たひ〳〵歸しては戰ひ、今度は二町餘追歸し、茂, 事成間敷とて、見吉之孫七郎殿を大將として、池田勝入、森之庄藏、はせ河藤, し〳〵、首を捕ては乃きはる事、五六度に及へり、茂助家臣松田左近右衞門, 卯月八日に、おぐち、がく, 三河物語〕然處に、岡崎へ押寄而城を取物ならば、こまき山もたも御, 申, 天正十二年四月九日, 甲, サル, 大須賀康, 榊原康政, 水野忠重, 同康重, 城ヲ屠ル, 本多廣孝, 秀吉ノ兵, 忽チ岩崎, 忠重等秀, 次ノ兵ヲ, 高, 天正十二年四月九日, 五二七

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  • サル

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  • 大須賀康
  • 榊原康政
  • 水野忠重
  • 同康重
  • 城ヲ屠ル
  • 本多廣孝
  • 秀吉ノ兵
  • 忽チ岩崎
  • 忠重等秀
  • 次ノ兵ヲ

  • 天正十二年四月九日

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  • 五二七

注記 (33)

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