『大日本史料』 11編 7 天正12年4月 p.387

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く成、一所に引合、敵味方見物之所にて無異儀引籠候、そのゝち敵惣人數を, 聲を合、鐵砲を以防候、源六諸勢に下知し候は、敵大勢にて攻かゝ〓れ候とも、, たし置、手寄之所へ引うけ、一足も不退討死と心か〓、しつまりひかへて、必, 以城を取卷、時のこゑを揚、鐵砲すお間なく打か〓被攻候、城中よりも時の, 人數減少候はゝ、終に負とるへし、弓鐵砲を以防、もし敵攻入候はゝ、支度い, 切出候事必仕間敷候、大勢に切かゝれと、少の利有之候とも、城内の者うたせ、, て、城の廻四方に、高サ一丈、はゝ十四五間の堤をつかせ、木曾川の下城より, おひき出さるゝ事有間敷とて、敵攻かゝり候を待請有之所、大勢幾度も四, も亦色めき候、然る間に城中へ可引取、七八百餘の人數、加勢八九十と間近, 中動かことくおひたゝしく候得とも、少もたゆます弓鐵砲にて防申ゆへ、, 何方押破可責入樣も無之相見え候ニ付、力責に難叶、水攻に可被成よしに, 五里上の水被懸入候得は、平城ゆへ、水二之丸迄少乘、町屋へ三尺餘湛へ候, 四方より一度に押込候事思もよらす候、もし手とてを以攻かゝれと候はゝ、, 方より鬪のこゑをあ〓、追手搦手その外手寄を以せめ寄候得は、大軍故城, 備の所へ崩かゝり、四千はかりの敵も押立られ候得は、先にしたひ來候敵, 廣綱城兵, 城ヲ圍ム, 攻撃ノ手, 秀吉ノ兵, 段ニ窮ス, ヲ誡ム, 秀吉ノ兵, 遂ニ水攻, ニス, 天正十二年六月十日, 三八七

頭注

  • 廣綱城兵
  • 城ヲ圍ム
  • 攻撃ノ手
  • 秀吉ノ兵
  • 段ニ窮ス
  • ヲ誡ム
  • 遂ニ水攻
  • ニス

  • 天正十二年六月十日

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  • 三八七

注記 (26)

  • 1714,618,64,2223く成、一所に引合、敵味方見物之所にて無異儀引籠候、そのゝち敵惣人數を
  • 1478,620,65,2237聲を合、鐵砲を以防候、源六諸勢に下知し候は、敵大勢にて攻かゝ〓れ候とも、
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