『大日本史料』 11編 7 天正12年4月 p.634

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ある時は、南東風を待ち、リヤンポーの方向に向ひて、極めて激しく流るゝ, れり、我等は前進したる故に、大なる不安を抱きたり、この二十九度の處に, 十九尋、海底は砂と泥土なるを知れり、木曜日、二十五日, 海流あるを考へ、北及び北東の航路を採りたり、他に道なきことを經驗に, 水曜日、二十四日、, 岸より約十二リウにあり、朝測深錘を投じて、五十一尋の深度を得たり、海, 得、帆を揚げずして航海せしを以て、太陽の高度を測らざりき、東風は南に, 進みしが、メアシュマは尚北北東に三十九リウ隔れり、測深錘を投じて、四, 變り、翌日迄續きたり、我等はそれより西方に向ひて浮航し、前日よりも二, 南東の風あり、天候良好なり、北東及び北北東の航路を採りて、十七リウを, 方に進みたり、然れども稍後に至り頑冥なる支那人按針が、この方面に風, 太陽の高度最高二十九度にして、東南東及び, 多き事を信じ、其爲めに帆を引下したれども、其の誤謬なること明白とな, 東風を, 帆を張ることなくして、北, 依りて知れる故なり、而して三十度乃至三十一度に至る時は、南南東風を, 尋淺き地點に至れり、十六日, 底は白砂黒砂混合す、, ○六月二十, ○二十六日ノ誤、六, 月二十九日ニ當ル, ○六月二十, 八日二當ル, 七日ニ當ル, 按針ハ支, 那人, 天正十二年六月二十八日, 六三四

割注

  • ○六月二十
  • ○二十六日ノ誤、六
  • 月二十九日ニ當ル
  • 八日二當ル
  • 七日ニ當ル

頭注

  • 按針ハ支
  • 那人

  • 天正十二年六月二十八日

ノンブル

  • 六三四

注記 (28)

  • 389,638,62,2206ある時は、南東風を待ち、リヤンポーの方向に向ひて、極めて激しく流るゝ
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