『大日本史料』 11編 7 天正12年4月 p.648

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一五八六年三月二十日, に採り、屡中途に於て、風の弱まるに乘じて、方向を變へたり、翌日黎明にコ, ジェキン及び五島の島々を認めたり、午前八時頃、メアシュマを見出した, なれり、風は之より北西に轉じたり、されば我等は航路を南西及び西南西, 日曜日、測深錘を投じて、深度四十尋餘にして、海底泥土なることを知れり、, 木曜日、新月の最初の日なり、我等は北東, 端に達するや、西南西に航路を轉じたり、この島より二リウ隔りし頃、風と, の絶えず來るが如くして、晦瞑となれるを以て、我等は航路を南西に採れ, り、之等の三島を、我等は同時に望見せり、日沒に我等は、メアシュマと東南, せしところなり、, 長崎の港よりマカオに至る航海, 風及び北北東風を得て、長崎の港を出發せり、九時間にして、群馬の島の岬, 東及び西北西に相對したり、北東の強風雨を交へ、空は宛も南西方より雲, 第四十一章一五八六年、, 我等はメアシュマより四十リウに至るを得しなり、彼のメアシュマの鳥, と支那沿岸なるランボール岬との中道に在る洲の深度なり、月曜日、二十, り、, 天正十二年六月二十八日, ○二月一, 日ニ當ル, ○天正十四, 年二當ル、, まかおへ, ノ航海日, 長崎ヨリ, 甑島ヲ認, 記, 天正十二年六月二十八日, 六四八

割注

  • ○二月一
  • 日ニ當ル
  • ○天正十四
  • 年二當ル、

頭注

  • まかおへ
  • ノ航海日
  • 長崎ヨリ
  • 甑島ヲ認

  • 天正十二年六月二十八日

ノンブル

  • 六四八

注記 (29)

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