『大日本史料』 11編 9 天正12年9月 p.425

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寶勝院殿日山宗輪大居士と法名し、死骸寺中に埋め、塔頭今にあり、然は保國寺は四神相, の景殊に勝れて見へけり、是毎年の課役なりとそ、, とく、後は高峠の麓を究、南は峯高く、北は山海湛へたり、大河谷を廻りて右りより左りへ流, 應の大伽籃地也、前開山は佛道禪師と言傳へたり、前の八塔堂の山は虎のひさますくかこ, ける、一類是を悲み萬民是を歎く、扨葬禮をつくろひて導師は保國寺玉翁禪師也、改名は, 本來一路無海無山, 言者の妻と成ける、扨此彦十郎は後金子備後守と言し者なり、, 天正十二年十月十七日と書付て、浮世のきつなをはなれて、身心怕然として終に空しく成, 書ける、, 法に心をかたむけ、直指人心を味へり、臨終の時至りて、硯を取寄、筆を備て辭世の頌をそ, ひけり、西條の地頭等人足を出して四方の切岸にはへ繋りたる枝葉〓棘を刈のけれは、城, 一同十二年に備中守か女を金子彦十郎に嫁入せしむ、其妹は高峠落城の後、川畑甚右衞門と, 一天正十二年に、備中守違例甚布、醫術手を盡し、佛神に祈誓すれ共驗シなし、備中守平生禪, 雲水何物虚空是閑, 天正十二年十月十七日, 純, 一人質ヲ送ルコトニカヽル、十一, ○一箇條省略、通清、長宗我部元親, 年正月十三日, ノ條ニ收ム、, 通清禪法, 戒名, ニ心ヲ傾, 葬ル, 金子元宅, ニ嫁ス, 保國寺ニ, 通清ノ女, ク, 四二五

割注

  • 一人質ヲ送ルコトニカヽル、十一
  • ○一箇條省略、通清、長宗我部元親
  • 年正月十三日
  • ノ條ニ收ム、

頭注

  • 通清禪法
  • 戒名
  • ニ心ヲ傾
  • 葬ル
  • 金子元宅
  • ニ嫁ス
  • 保國寺ニ
  • 通清ノ女

ノンブル

  • 四二五

注記 (30)

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