『大日本史料』 11編 10 天正12年10月 p.328

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こ付、本多作左衞門は無二の忠義を奉爲知ために、秀吉殿をたはかり、人質仙千代を, 本田家譜〕一元祖、, 本多作左衞門一男仙千代・石川伯耆守一男勝千代爲人質上洛す、其後石川伯耆守叛逆, 京都より病氣と号し盜出し、三河へ引取、御前へ出し申候處、徳川家康殿御感不斜、, 依之然者別而申合せんためとして、御息を養子に致さん, りて濱松にかへり、十二月八日、御前にをいて元服し、おほせによりて丹下にあらたむ、, と、使羽柴下總守來て演之、信雄殿爲御扱、土方勘兵衞を以、御二男於義丸殿, のち太閤大坂にかへり、羽柴下總守雄利及ひ冨田左近將監知信・, 共三河、本多作左衞門重次, 津田隼人正某を使として和議をこふ、東照宮諸臣を集めてこのことを議せらる、數正, 石川, ), 數正, 〔寛政重修諸家譜〕, 士族, 生國, ○上略、數正、小牧ヲ, 秀康殿, 守ルコト等ニ力ヽル, 本國, ○中略、家康、秀吉ト和睦スルコト一, ○上下略、寛永諸家系圖傳本, 力ヽル、十一月二十一日ノ條ニ收ム、, 後越前, 靜岡縣, 百二, 多成重傳、コノコトヲ載セズ、, 石川數正, 天正十二年十二月十二日, 三二八

割注

  • 士族
  • 生國
  • ○上略、數正、小牧ヲ
  • 秀康殿
  • 守ルコト等ニ力ヽル
  • 本國
  • ○中略、家康、秀吉ト和睦スルコト一
  • ○上下略、寛永諸家系圖傳本
  • 力ヽル、十一月二十一日ノ條ニ收ム、
  • 後越前
  • 靜岡縣
  • 百二
  • 多成重傳、コノコトヲ載セズ、

頭注

  • 石川數正

  • 天正十二年十二月十二日

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  • 三二八

注記 (30)

  • 1080,691,62,2167こ付、本多作左衞門は無二の忠義を奉爲知ために、秀吉殿をたはかり、人質仙千代を
  • 1534,762,80,567本田家譜〕一元祖、
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