『大日本史料』 11編 13 天正13年正月 p.20

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共打捕、佐野仕置可申付の旨被仰、各承り、今度の御勝利偏に兼曰之御武略不淺とこそ, て社候へと申上けれは、不大形御大悦有之、御盃は最前小曾根筑前ニ被下、次は豐嶋七, 取事、且は後代の譽、且は家運長久の元何事か是にしかんや、近々令出馬、佐野か家來, 御立腹にて、強敵を打とり諸人悦の處に、扨豐後は最前より愁たる體不思議の至り也、, 足利・新田の御兩家計何方の御旗下とも可被成、此上は野州・上州迄も御手ニ可被入に, 田・足利の御両家を御一族之外御懇意被遊、剩關東の城主數多の内、御兩家より御互に, 奉存候、關東城主數多雖有之、小田原・越後・甲州・佐竹之御旗下に不屬と云事なけれ共、, 之御挨拶も不申上、豐後守へ御盃被下頂戴いたしなから、〓をはら〳〵と流す、長尾殿, 其方縁者宗綱か下に有之故歟と被仰ければ、豐後承り、御屋形の仰とも覺不申もの哉、, 心を存、日頃一命を輕んし忠勤を抽て又今御前ニ罷出るに不及、愚意を取て了簡仕るに、, 北條氏綱公より今氏直公迄は已に五代なる故、御一家秀て、代々譜代衆數多雖有之、新, 右衞門に被下ける、是は宗綱を筑前が手にて打取たる故也、侍大將成ける江戸豐後計何, 親兄弟立列て戰場に望ては、却て互に恥を奉存故に、一入勇強事は古ゟ其例多し、若某野, 御禮の前後を爭給候て、結句小田原ゟ御無事を被成、御疎略のなき事は、全以て御両家, 江戸豐後顯, 長ニ諫言ス, 天正十三年正月一日, 二〇, 天正十三年正月一日

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  • 江戸豐後顯
  • 長ニ諫言ス

  • 天正十三年正月一日

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  • 二〇
  • 天正十三年正月一日

注記 (19)

  • 1702,653,59,2231共打捕、佐野仕置可申付の旨被仰、各承り、今度の御勝利偏に兼曰之御武略不淺とこそ
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