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〔參考〕, 京に著て宗久か家を宿とし給ひ、翌立日美濃守同道にて出仕せらる、進物には國行の御太, さる事を申、東寺の南門に至給へは、常に音信せし京都住居の面々、數軍出て坂迎す、, 與右衞門珍美奇肴を盡し持成ける、今井宗久父子桂へ迎に來て、此度堺に於て御宿仕ら, 祐乘坊を同道にて、牧方迄迎として參らる、八幡にて旦那上の坊坂迎に饗應し、桂にて, 方を宿と定らるゝ所に、時節宗久上京して居合さりけれは、正法寺に寄宿せらる、翌立日, 泉州境に著岸有、問丸完喰屋四郎右衞門、船津に出向、旅宿へ案内す、兼ては今井宗久か, の爲與右衞門は先達て歸京す、元親は同日供の行烈引繕、京都に赴給ふ、與右衞門は又, 羽柴美濃守秀長より藤堂與右衞門を使として、船中恙なく早速の著岸を祝し給ふ、注進, ○元親、秀吉ニ降リ、土佐一國ヲ與ヘラレタルコト、八月六日ノ條ニ見ユ、, 斯て宮内少輔元親は、急き上京して、秀吉公へ恩惠を謝せん、但大勢を召連んは如何也, 〔土佐物語〕, とて、日比覺えを取たる兵五十餘人相具し、同年十月廿日、浦戸より船を出し、程なく, 元親上京之事, ○内閣文庫所藏, 十四, 天正十三年十月十五日, 一一
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- ○内閣文庫所藏
- 十四
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- 天正十三年十月十五日
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- 一一
注記 (18)
- 1805,793,72,213〔參考〕
- 304,611,59,2247京に著て宗久か家を宿とし給ひ、翌立日美濃守同道にて出仕せらる、進物には國行の御太
- 434,618,57,2205さる事を申、東寺の南門に至給へは、常に音信せし京都住居の面々、數軍出て坂迎す、
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- 684,613,57,2244祐乘坊を同道にて、牧方迄迎として參らる、八幡にて旦那上の坊坂迎に饗應し、桂にて
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